第12話 「俺、ちょっと死んでみます」

「ちょっと殺しに来たんだ。お前を」

「ちょっと待てえええ! どこが大した話じゃねえって!? おおごとじゃねえか!」


 リュカの言葉に目を剥いて、一番みんなが言いたかったことを真っ先にエリアスが代弁した。


「魔王様、いい加減になさいませ! いくら不死身の異世界人フォーリナーとはいえこんな小さな子どもに……言っていい冗談と悪い冗談がありますわ!」

「むぐぐぐぐ」


 オデットの胸の中にすっぽり詰め込まれてぎゅうぎゅう抱き締められながら、息もできずにノアがもがく。正確な年はわからないが、ノアは人間でいえば15歳から、多く見積もっても17歳ほどだ。背だけはすくすく伸びているが、その程度でみんなの認識は変わらない。もしかすると赤ちゃんくらいに見えているのかもしれない。その過保護ぶりを見てノアは思った。


「俺、殺されても死なないですから。大丈夫ですよ」


 なんとか首を巡らせてオデットの胸から顔を覗かせ、もごもごとノアが場をとりなす。


「ばっかやろう。死なねえつったって痛みはあるだろうが」

「痛みがあるのか? 本当に?」


 リュカに聞かれて、ノアは言葉を無くした。射抜くようなまっすぐな目に見られて、否定するタイミングを逃してしまう。この場において、それはほとんど肯定したと同じことだ。


「少なくとも私が殺した時、お前はとても痛がっているようには見えなかったぞ」

「ええっ!? 魔王様、いつの間にそんなことを!?」

「ノアがここに来た次の日の朝だ。酔いつぶれてお前たちが寝ていた時だな。そうするよう、エルザに頼まれていた。全くあの女は、突拍子がなくて敵わん」


 仰天するオデットにやれやれとため息をついて、眉をひそめながらリュカが愚痴を聞かせる。

 やっぱりわざとだったのかと逆にノアは納得した。そう考えた方が、色々合点がいくことが多い。あんなにほいほい殺されてたまるものか。洞窟の家で実験をするときは腕一本まるごと一日検体に出したりもしていたので、毎回きちんと麻酔をしてもらっていたが、エルザにもなんとなく疑われていたらしい。逆に麻酔をしている状態に慣れていたのが仇になって、リュカの時には油断していた。


「ちゃんとあります、痛み。多分ちょっと……他の人より、鈍いですけど……。我慢してれば傷と一緒にすぐ治るので、あまり気にしてませんでした」

「なぜ隠そうとした?」

「……それは」


 痛がる素振りのひとつでも見せておけば良かったと、後から悔いるほどに隠そうとしていた自覚はあった。けれど改めてその理由を考えたことは今までに一度もなくて、何故だろうとノアが考え込む。


「お前は、自分の不死性もあまり見せたがらないよな」

「そ、れはみんなに──」

「みんなに?」

「……みんなに怖がられたり……嫌われたりするのが怖くて……」


 うまいことリュカの声に誘導されて自分の内面と向き合ってみると、そういう答えがぽろっと出てきた。内心でそんなことを思っていた自分に誰より一番驚いて、これ以上余計な言葉が飛び出してこないよう無意識にノアが口を押さえる。化け物と呼ばれて殺された記憶が、また気付かないところで無意識に行動を縛っていた。何度も思い返した忌まわしい記憶が、懲りずに脳内によみがえる。


「……不老不死なんて、数は少ねえが、別に珍しいことじゃねえぞ?」

「えっ?」

「うーん。再生能力を持ってる方も、たくさんいますものねえ」

「えっ、えっ」


 何故不死身ごときで怖がられたり嫌われたりといった考えに繋がるのか、考えてもいまいちわからずに、エリアスが腕を組んで首をひねった。オデットも唇に指を当て、不思議そうに首を傾げる。ノアが人間の村から追われ殺された経緯を知らないからこそ出てくる感想だ。この一帯だけ、温度差がひどい。


「化け物ぞろいの我が城ぞ。エルザが何故わざわざここへお前を寄越したのか、そろそろわかった頃合いか?」


 百聞は一見に如かず──そう言い、煙管をくわえてニヤニヤ笑うエルザの顔が見えるようだった。村では化け物と言われ遠ざけられたノアの力、王都に置いては神聖視すらされるという特別な力も、ここでは良くも悪くもただの一個性に過ぎない。

 この城で過ごした数日間を振り返っても、人間ということに難色を示すものはいても、ノアの能力に難色を示すものはいなかった気がする。

 見聞を広げろとエルザが言ったのは、多分、それに気付かせるための言葉だったのだ。


「さて、話を戻すぞ」


 消した焚き火を囲んで座るよう改めて皆に促し、リュカが話をそもそもの本題に戻す。

 お前を殺す──そんな衝撃的な切り口から始まったリュカの話は、要約するとこういうことだった。


「人間たちが、自らの死期を悟った後のわずかな時間に振るう力……俗に『火事場の馬鹿力』とか呼ばれている力だがな。昨日エルザと話し合って、お前の体なら、訓練次第で自在に出せるのではないかという結論に達した」


 リュカの言葉に「あれか」とエリアスが渋い顔をする。「恐ろしかったですわね……」と身を震わせるオデットにも覚えがあるらしい。


「戦争時代は、あれで何人もやられたんだ。確かに殺したと思っても、不意をついて何度でも殺しに来るんだよ。皇帝万歳とか何とか、ぶつぶつ言って……」


 ノアの視線に気付いて、エリアスが説明してくれた。瞼の裏に情景が返るのか、後半は嫌そうに顔をゆがめている。


「訓練次第って言っても……一体どんな訓練をすればいいんでしょうか?」

「お前は不死性を見せたくないがために、無意識に死なないよう立ち回っていたはずだ。組み手や木刀での訓練では多少動けるようになったが、真剣を使った打合いでは動きが鈍くなる。そうだな?」


 エリアスやオデットから報告が入っているのだろう。その通りだったので、ノアは隠さず頷いた。


「もう一歩で良い。そこから踏み込め。常に死の隣に自分を置け。死に迫る感覚を体で覚えるのだ」

「……つまり?」

「うん。幸い痛みにも鈍いらしいし、怖がらないでちょっと積極的に殺されていこう」


 あまりの言葉に「そんな無茶苦茶な!?」と初めて身分差も忘れ、全力でノアがツッコミを入れる。


「そうは言うが、他ならぬ自分のことだぞ。傷の程度とその再生にかかる時間の関係性、危機的状況でどこまでの力が出せるのか、全力を出した後のデメリットの有無などなど……自分の体質を自分で理解しておくのは、いざと言うときのために大切なことだと思うがな」

「う……うう……」


 提示された方法は無茶苦茶だが、理由を説明されると、確かに筋が通ってはいる。エルザの研究は主に能力の解明と解除に焦点を置いていたため、自分のことなのに戦闘面でそれがどう役に立つのかも、実はよくわかっていない。

 もはや完全にリュカの術中にはまって、ノアは「わかりました」と頷いた。


「俺、ちょっと死んでみます」

「うむ。オデット、頼んだぞ。せめて、やるときは苦しまぬよう一思いに首をはねてやれ」

「わたくしがやるんですの!?」


 ものすごい会話である。特にリュカは完全に魔王の面目躍如、悪い顔して悪役みたいな台詞を吐き、なんかもうノリノリだ。


「……こうなっては仕方ありません。魔王様の御前、わたくしも手を抜くわけにはいきませんわ」


 立ち上がってすらりと鞘から剣を引き抜いたオデットが、焚き火から少し距離を取って構えた。ノアもその直線上で、リュカに投げ渡された剣を構える。練習用に借りている剣だ。


「ノア、一瞬でも気を抜くなよ。オデットははやいぞ」

「ええ、頑張って避けて下さいましね、ノア」


 リュカの忠告が終わるか終わらないか──トン、と地面を蹴って、オデットが一瞬で距離を詰めてくる。はた目にはダンスでも踊るかのような軽やかなステップ、けれどその一歩で次の瞬間ノアの懐にオデットは居た。


「ふふ、避けなくてよろしいの?」


 すり、と鼻と鼻をこすり合わせ、目と鼻の先で妖艶にオデットが微笑む。もう少しで、唇が触れあいそうな距離だ。

 慌ててノアは後ろに飛ぼうとしたが、手にぐるりと何かが絡み付いていて動けない。ノアの右手を剣もろともきつく戒めているのは、オデットの尻尾だ。

 今までの訓練で、尻尾など使われたことはない。もうこの時点でノアには対応ができなかった。


「こういった状況でどう対応するか、次から一緒に考えましょうね」


 ひゅんっと白刃がきらめく。その次の瞬間には、ノアはゆっくりと倒れゆく自らの体を地面から見上げていた。痛みはない。オデットが首のないノアの右手を取り、もう片方の手でぎゅっと腰を抱き寄せて、くるりと社交ダンスでも踊るようにターンする。そしてノアの肩口に顔を乗っけて、「うふふ」と笑った。


「どうです! わたくしの実力は!」


 戯れに男の精を啜る、艶やかなインキュバス──の微笑みが、その一言で台無しだ。ばしゃばしゃとノアの血を浴びながら、ふふんっ、とオデットがドヤ顔で胸を張ってみせる。


「あー、オデット。血は元に戻らんらしいから早くくっつけてやれ、な」

「!? それを早く言ってくださいまし! あわわ、早くくっつけなくちゃ~~! ごめんね、ノア!」


 かと思えばリュカの忠告に目をぐるぐるさせながら、オデットは半べそでノアの首を拾い上げた。混乱しているのか、口調がめちゃくちゃになっている。


「あ、いえ、お気になさらず」


 せめてもの優しさで口調には触れず、生首のままノアはオデットを気遣ってみせた。その様子がダブルでおかしいのだろう、ドン引きされるのも嫌だが、残り二人が笑い転げているのもどうかと思う。

 結局エリアスとオデットに5回ずつ殺されて、オデットが「もう無理ですわ!」と音を上げたところで訓練は終わった。


「どうだった?」

「うーん……今までの訓練でも手を抜いていたつもりはないんですが……殺されるってなると、今までよりも集中できる気がしますね。殺されても死なないってわかっていても、あの心臓がヒヤッとする感じが嫌で……特にエリアスの斧は、痛いし、怖いです」


 リュカに感想を聞かれて、正直な気持ちをノアは話した。

 細身のオデットの剣とは違い、エリアスの戦斧バトルアックスの一撃は重い。切り裂かれた断面も破裂したようになって、再生に時間がかかる。


「ふむ。痛いし、怖いか。その感覚、忘れずにいろよ」


 何気ないノアの言葉に何故だか少し安心したように頬をゆるめて、「お前は少しその辺が鈍いからな」とリュカは言った。


「普通5回も10回も殺されると、体が死なずとも心が死ぬ。自分を殺した相手を見る目など、陰の気が籠るものよ。お前はそこが極端に鈍い。大方、人間に追われたときも、殺されたことよりも化け物と罵られたことの方がこたえているのだろう。殺されたくないという思いより、怖がられたくない、嫌われたくないという思いがまず口に出てくるのだから」

「……俺、そんなにおかしいですか……?」

「ああ~~そうやってまた落ち込む~~そういった感情は正常なのになあ」


 図星を突かれて落ち込むノアの額を軽く指先で小突いて、冷静にリュカが分析する。


「ただ、『死』に対する認識や感情だけ極端にねじ曲がっておるのだ。異なことよ……それもまたお前にかけられた不死の呪いのせいかもしれぬ」


 憐れむような目でノアを見て、「フォーリナー どうほう に会って、何かわかると良いが」とため息混じりにリュカはこぼした。


「ここ数年、フォーリナーが現れたという噂は聞かぬ。だが、近いうちに現れるだろう。記憶のかけらでも拾えるよう、しっかり備えておくが良い」

「え……」


 リュカの言葉には、何故だか確信に近いニュアンスがあった。戸惑うノアに、「魔王様は、千里眼の持ち主なのですわ」とオデットが教えてくれる。


「過去・現在・未来全てを見通すという魔眼ですの」

「そんな大層なものではない。過去と現在はともかく、未来などは、夢で時々見るだけよ。特にフォーリナーのことについては、異世界のことだからか、私の鼻もまるで効かん」


 過大評価をざっくりと訂正して、片目を閉じたリュカはすん、と鼻を鳴らしてみせた。


「だが、他の先見さきみや星読み、千里眼たちもこぞって同じ予想をした。エルザや、水晶宮の魔女も言うのだから、間違いなかろう。これより2・3年後に異世界よりの旅人がやってくる。我らに取っての凶星を連れて」


 リュカの不吉な予言に、ごくりと三人が喉を鳴らす。

 ノアの不死を憂いてくれたリュカが、部下にノアを殺させてまで戦闘訓練を急ぐわけがようやくわかった。

 凶星というのが何を指すのかわからないが、少なくともリュカは、荒事になると予想しているのだ。

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