ブーバイ侍
@code513
第1話
山頂の境内に続く長い石段を腰に刀を差した一人の男が登っていた。先ほどまで空を照らしていた三日月の姿を暗雲が隠してしまった。杉並木がざわざわと揺れる。男はたまらず腰の刀に手を添えた。
後何回刀を振れるだろう。
男は何回も死合いを行ってきた。
何回も切られた。
とうの昔に右腕を切られていた。体のそこら中に数多の刀傷があった。しかし、男は死ななかった。
男は諦めなかった。片腕になりながらも刀を振ら続けた。
いや、男はきっと諦めないなんてカッコいいものではなかったのだろう。ただ剣を振ることしか能がなく、その生き方しか知らなかったのだ。
剣を振れなくなった時が己が死ぬ時と決め付け、無様にも足掻き続けてきた。前だけ見てを血に濡れたまだ歩き続けてきた。
そんな阿呆な男だった。
そして、今宵この男と死合う男も
また、阿呆だった。
石段を登りきると、参道に幾多もの石灯籠が並んでいた。怪しく光る灯が男を死合い場である御神木の前まで連れて行く。
そこには既に立会人である神主と顔に大きな刀傷がある男が立っていた。
「義竜殿、もう少し早かったら月の明かりの下立ち会うことができましたのに……」あたたかくなってきた春の夜とはいえ、神主が待たされたことに少し不満気のようだった。
「自分は月が隠れて良かったと思ってますよ。なんせ刀に月明かりを反射させ、目を潰そうとする輩ですからね。今日の相手は」
「おいおい、とうとう呆けたか義竜。まさか戦で卑怯だなんだと言うつもりか」
もう待てんとばかりに義竜が神主の間に顔に大きな刀傷の男が口を挟んだ。
「卑怯だなんて言いませんよ重五郎。ただ、そうまでして勝とうとするなんて肝っ玉が小さいとは思いますけどね」
「何言っとる。そんなお前さんもわざわざ遅れてきて、ワイの気を立たせようとは。自分のことを棚に上げて、随分面の皮が厚いことだな」
「なんのことですか?」
「惚けら必要はない、俺には分かる。お前さんも、どうしてもワイに勝ちたいのは、負けたくないのはワイが一番よう分かっとる」
しみじみと頷く重五郎に義竜は何故と問うた。簡単なことだと、ワシらは似た者同士だからと、重五郎は言った。
「お前は片腕を失っても剣を振り、ワイは片目を切られてもまだ剣を振る馬鹿だ。ほら、お互い馬鹿で一緒だ」
「確かに」
義竜は重五郎につられて笑った。
たった三人しかいない清閑とした境内に二人の笑い声だけが響いていた。
ひとしきり笑った後、神主が声をかけた。
「そろそろ死合いを始めましょうか」
重五郎と義竜はその厳かな声を聞くと神主を中心として間をとった。
「いや、まさか最後に立ち会うのが義竜、 お前さんとは神さんも粋なことをしてくれる」 重五郎は嬉しそうに笑っていた。
「呆けたか重五郎、最後なんてお前らしくない、もう負ける気でいるのか」
「もちろん勝つに決まってる。だかな……最近思うように身体が動かなくなってきやがった」重五郎は顔をしかめて自分の右手を上げた。その手は震えていた。
「重五郎それはな、その震えは唯お前か俺にビビってるだけだ」
「アホぬかせ、ただの武者震いだ」
そう言うと二人は鯉口をきり、鞘に手を乗せる。二人の集中力が高まっていった。空気が張り詰めるのが神主にもいとも簡単に分かった。
「死人はできるだけだしてもらいたくない。二人とも何回も顔を見合わせてましたから、死ぬのは見たくありません」
「ふん、死合い場の名が泣くぜ!向かい合った以上、引けねぇな‼︎」
「神主さん。ここは死合い場で、まして相手は重五郎。ここは白黒はっきりつけるべきだ!」
重五郎に続いて義竜も声を張る。
神主は一度溜息をつく。
「……わかりました。最後にもう一度だけ確認を……,どのようなことになっても怨みは残さぬこと」
「もとより覚悟の上」
「同じく」
神主は御神木に一礼した。
空は今にも泣き出しそうだ、
「ではこれより一番を決める死合いを始めます」
「神主さん勘違いしてませんか。これは2番を決める死合いですよ」
「そうだこれは1番を決めるだとやる気おきねぇからな。2番にしてもらわなきゃ困るぜ」
二人は神主の言葉を訂正する。
些細な違いに見えるだろうが、二人にとっては重要なことなのだ。
「わかりましたよ」
神主は咳払いを一回し片手を持ち上げる。
雨粒が一つ挙げている手に落ちる
これは2番を決める戦いだ。
どっちが強いか決める戦い。
そう。
そしてこれは、どっちが一番弱いかを決まる戦いだ!
「始め‼︎」
腕を振り降ろすと同時に神主の声が闇の中に溶け、二振りの軌跡が空をかけた。
ブーバイ侍 @code513
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