また会いに来たよ

紬季 渉

また会いに来たよ

 君をずっと捜してた。

 長い間ずっと。

 捜して、捜して、何も手につかないぐらいに君を捜して、今日までとても辛かったんだ。

 ようやく見つけた君は、以前と変わらず綺麗で、その横顔は天使のようだね。

 今すぐに君に姿を見せて抱き締めてあげたいけど、もう少しだけ待っていてほしい。準備が整ったらすぐに迷わず君の元へ行くから。


 君と過ごしたあの日々は、今思い出しても甘くて眩しくて、こうして離れることになるなんて想像すらできなかった。

 なぜこんなことになってしまったのか。

 考えても答えは出なくて、君に会いたくても会えなくて、話したくても話すことも出来なくて。


 君と初めて会ったのは大学生の時だったね。僕は二年生になって大学生活にも慣れて、少し飽きてきてたところだったんだ。

 新入生として入ってきた君を見たとき、君から目が離せなくなって、しばらくの間動けずにいたことを今でも覚えてるよ。

 君はまさに天使だった。君は光輝いていて、君の周りのものは全て霞んで見えなくなってしまうほどだった。

 君がテニスサークルに入ったって聞いて、僕はやったこともないのに後を追って入部した。経験者だった君はとても美しいフォームでプレーしていて、ここでも僕は見とれてしまった。


「君、テニス上手いね。僕、初心者なんだけど教えてもらえるかな?」


 君は笑顔で根気よく、下手くそな僕につきあってくれた。君と楽しくラリーが出来るようになったときは本当に嬉しかったよ。


 サークルを通して僕らは急速に親密になっていった。飲み会の後、勇気を出して君を誘い、二人で抜け出した。

 君は僕を、君が一人で暮らす部屋に招き入れてくれた。

 コーヒーを淹れる後ろ姿も素敵で、誰にも渡したくないと思った。

 僕は君を後ろから抱き締めて告白した。


 君は魅力的だから、いろんなやつが君を狙っていることは知っていた。

 もちろんテニスサークルの部長も例外ではなかった。事あるごとに君に近づいて、テニスを教えると言って腰に手を回したり、話し声が聞こえないふりをして口元に顔を近づけたり、飲み会では肩を抱いて髪を撫でたりと、本当に気持ち悪くて嫌なやつだった。


 君は僕の告白に応えてくれた。

 これでようやく堂々とあの嫌な部長に文句を言える。君を助けてあげられることがこんなに嬉しいなんて、君にわかるだろうか。


 僕の卒業と就職が目前に迫り、君も嬉しそうにお祝いしてくれた。

 僕たちを取り巻く環境が変わっても、きっとこの先何年も、何十年も変わらずに君と共に歩んで行くんだろうと君にキスしながら思った。


 社会人になって三年目の夏に君にプロポーズしたよね。君は頬を赤らめて静かに頷いた。僕は力強く君を抱き締め、生涯の愛を誓ったんだ。


 結婚して一年、僕たちは順調だった。お互いを思いやり、深く愛し合い、人生がこんなに素晴らしいものだなんて知らなかった頃の僕に教えてあげたいぐらいだった。


 仕事の途中で君を見かけた。楽しそうな笑顔で、大学時代のテニスサークルの部長と歩いていた。なぜだ?まさか…。いや、そんなわけない。でも怖くて聞くことができなかった。


 一週間の出張が早く終わり、一日早く帰れたあの日も君を見かけた。いや、見かけてしまった。

 君はまた部長と肩を並べて歩いていた。部長は君の肩を抱いていた。細い路地に入り、君たちは唇を重ねていた。濃厚なキスだった。君は部長から離れると足早に駆けていった。

 僕は呆然と、その路地の見える場所に、長い間立ち尽くしていた。


 家に帰ると、普段通りを装う君がいた。でも明らかに動揺していたね。一日早く帰ってきたことがこんなに悪いことのように感じるなんて。…部長を許さない。もちろん君も。


 翌日、僕は部長に会いに行った。


「部長が妻にキスをしているところを見ました。」


「へえ、あのとき近くにいたのか。声をかけてくれてもよかったのに。お前の嫁は相変わらず綺麗だよなあ。色気もあってさ。」


 そう言うとニヤニヤ笑って僕の顔をのぞき込んできた。

 なんていやらしいやつなんだ。

 僕は我慢できなくなって、部長に殴りかかった。でも部長はケンカも強い。僕はボコボコにされてしまった。


「いい女だよなあ。お前の嫁は。また会いに行くって言っといてくれ。」


 そう言って笑いながら帰っていく部長に、最後の力を振り絞り、近くにあった角材を握りしめて後ろから渾身の一撃を喰らわせた。


 部長の頭からドクドクと血が流れ出ていく。しばらくそれを眺めていても何の感情も湧いてこなかった。僕は部長をそのままにして家に帰った。


 家に帰り、妻に部長と会ったことを話すと、妻は激しくうろたえた。キスしていたところを見たと言ったら真っ青になり言い訳を始めた。


「違うの!サークルの同窓会をしようって部長から連絡があって、それで何回か会っただけなの。昨日は突然キスされて、私もビックリして逃げたの。本当よ!私は部長のことなんて好きじゃないし、知ってるよね?」


「でもキスされた。君に隙があったからだ。サークルの同窓会をするなら僕に話してくれてもよかったんじゃないか?それなのに黙ってた。何か後ろめたいことでもあったんじゃないのか?」


「違う…。部長がサプライズでやりたいから黙っててほしいって。」


「そんなのおかしいって思わない?全然疑わないんだ?それとも初めから何か期待してた?」


 うつむいて黙る彼女に怒りがこみ上げる。


『こんなに君だけを愛してきたのに』


 髪を掴み平手を喰らわし、押し倒して馬乗りになり、顔が腫れ上がるまでボコボコに殴った。彼女は意識を無くしていたが、それでも怒りは収まらなかった。このまま死んでしまえばいいのにとさえ思った。彼女の口から二本の歯が飛び出し、血が流れ出したのを見て、疲労感と虚脱感に襲われ、手を止めた。


 それからのことはあまり覚えていない。

 気がついたら病院にいて、毎日ただ生きているだけだった。

 あれから何日たったのか日にちの感覚もなくなっていた。

 部長はあのあと植物状態になり、まだ目が覚めていないらしい。


 彼女はどうなったんだろう。

 誰に聞いても何も教えてくれない。


 僕は必死に探した。

 君が今どうしているのか知りたかったから。


 そして見つけた。


 あの頃と変わらずに美しい君は、知らない男の横で笑っていた。


 僕の心の準備は出来た。


「また会いに来たよ」


 真っ青になり硬直している君を抱き締めて、濃厚なキスを交わす。

 唇を離すと、君は口から血を吐いて崩れ落ちた。


 君の左胸には買ったばかりの美しいナイフが深く突き刺さっていた。

 僕の愛と同じぐらい深く刺せたかな?


 彼女に刺さったナイフを引き抜くと、それを彼女の右手に握らせ僕の手で包み込む。

 僕は彼女の上におおかぶさった。


 これで僕らは永遠だ。

 もう誰にも邪魔されることはない。


 僕は幸せだった。

 君と出会い、付き合って、結婚して。

 本当は二人の子供が欲しかったけど、もういいんだ。

 美しい君は永遠に僕のものだから。

 いつまでも僕だけの…君。

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また会いに来たよ 紬季 渉 @tumugi-sho

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