第一話 第四章「ソラと白い壁とわんこ少女と」

「寝癖がちょっち残っちゃってるなぁ……ま、いっか」

あたしに女を期待するなんてレアか、と玄関前の姿見すがたみで最終確認。

急いでてもこういうのは欠かさない。女性だからってより、良識的にって方で。


「ふう――平常心平常心。あんなガラクタ人形とかウソだー幻だー。

 よし、信じた。取りあえず観なかった事にしよう。

 頭打って何か変なスイッチ入りっぱなんだ……今はそう思お!」

ちょっとは落ち着いたけど、思考はまとまらない。深呼吸。

「すぅ……はぁ……」

何よりもわからないのは、初めて会った存在をなぜか違和感なく

。ありえない。


(あれ?)玄関を開けると、従姉弟の朋輝ともきが待っていた。

この春で我が高校の一年生で、ブレザーの制服がちょっと似合っていた。

態度はやはりむっつりで……姉さんやはり哀しい。


「『行ってきます』が、ないぞソラねぇ

「――ん。行ってきます……て、どしたの朋輝」

朋輝が無言であたしの頭を撫で始めた。

「あ、何よ……」「――頭うって……色々、大丈夫か」

「……それは……うぅ、やめろーこらー」

おとぅが昔っから頭を撫でる癖があるせいか、朋輝は真似している?

何だか真面目に心配してる風にもみえる。根はいい子のままなんだよな。

空気の読める子というか――あたしよりナイーブだ。


しかし、頭撫でには弱い。あたしの弱点。目がとろんとする。うぅぅ。

「ソラ姉、俺は先行く。

何かおかしなアドバイスを言うと朋輝はさっさと自転車で坂を下り始めた。

高一になり急に背が伸びた弟分。

あんな泣き虫がクールなイケメンとか、お姉ちゃん何かドギマギ。


「ま、いっか。はぁ…………とにかくもっかい深呼吸して」

自分だけ見える《白い巨人》《人形王子》……本当に誰にも見えないのだろうか。

怪談話でよくある――未知の世界に片足つっこんだまま生活してる感覚だ。


「よし、ちょっと回復!ソラさんはやっぱし、普通ピーポー!今日も元気に……」

登校ねっと踵をかえした目線の先に、

何だか『』光景が飛び込んできた。


「は……へ……壁?」


……なのか……いや、でかい。大きすぎる。

人ん家の玄関の前に壁なんて……え?壁が浮いてる……って?

「違う……コレ、っぽい、巨大な……浮いてて……」

そう、よく見るとソレは何かの『けものあし』だった。

足は地上から僅かに浮いていて、上部へ伸びてそれを追う。

見上げるとそれは形をなして意識が追いつく。


「……違う……足だけじゃない……獣みたいな、って、えぇ!?!?」


巨大な四つ足の獣がそこには居た。浮いていた。

イカツい顔でというのが一番イメージに近い造形だ。

部分部分がメカっぽいんで生身ではないのがわかる。雄々しいたてがみがあり、

《ロボットけもの》とでも言えばいいのか。イカつい顔。ゴツい体躯たいく

そいつがあたしの家を食い入る様にのぞき込んでいたのだ。

うつ伏せに寝そべる白いロボと、狛犬こまいぬの様なロボ獣。

なんというか、シュールな光景で笑いそうに……。


「いや笑えない!なにコレ?」しかし攻撃するでもなく『』様だった。

「あたしの部屋……あの白い巨人のこと、観ている……の?」

動物っぽく……臭いでも嗅ぐように寝そべる白い巨人を値踏みする獣。


「…………まさか……敵?」

王道として、ロボットものにはすべからず《敵》がいる。

むしろ敵がいなくてはロボットもの足り得ないとまで。

――――では、あの獣が敵なのだろうか。

「あれ?」ふいに、一階の窓際に父親おとぅの顔を見た気がした。

(んん?)徹夜明けでほおけてる時の顔にも似てる、けど。


あたしも惚けていると、ふいに後から高い声音が呼び止めた。

「わうー。センパイ……学校、行かないんですかー?」

「え?」振り返る。

階下、玄関の門扉前にはオデコが可愛いツインテールなウチの制服の女子がいた。


「……ええ、と?」

「わうー。何です?先輩、先日の新一年生で後輩の恋縫こいぬです」

「恋縫……こいぬ……えっと?あー……」

聴いた事あるよーな無いよーな……新一年生で。

(あ!)先日の始業式あと、部活勧誘で色々わーきゃーしてたな。


「ごめんごめん、部活勧誘の時、声かけてた?」

「そうです、思い出して頂けましたか!」

「あーうん。あたしが声……かけた……のかな」

頭うって(?)鼻血も出てたし、今朝のどっきり連発で色々混乱してたのだろう。


そのオデコの女の子はパァっと咲く様な笑顔をみせ、

食事をねだる犬の様に、手首をさせた。

「そうですよー♪可愛いわんこ、恋縫こいぬちゃんです。

『今度、部室紹介するよ』って言うし、

 恋縫、家近いから話伺いながら一緒にって思いまして!」


あたしは二年生になり、模型部の部長になった。

プラモが全国的な人気になったおかげで各学校に誕生し、市民権を得た模型プラモ部。

この一週間声かけまくってたから……その中の一人なのだろう。


「……って、あの獣!?」


無邪気な後輩に惚けて何でか非日常を忘れていた。

(あ、あれ!?)振り返ると……獣の姿はなかった。

恋縫と名乗った少女は「何か居るんですか?」と小首をかしげる。

「えっと、今の……でっかい狛犬みたいなの……観なかった?」

「こま……?先輩、……惚けてました……けど」

「え……」

(やはり……あの敵らしきロボ獣も見えないの……!?)愕然とした。


《白いロボ》《ガラクタ人形》《ロボット獣》

三つの非日常。誰にも見えていない現実。

いったい何が起きてあたしは本当にこの世の住人なのか?

問いは虚空ソラに消え、誰も答えてはくれない。


春のそよ風はふわっと撫でて、情景を台無しにする白い巨人は無節操のんきに寝ていた。


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