白雪姫の二番目

里場むすび

白雪姫の二番目、序列禍

「鏡よ鏡、この国で二番目に美しいのはだあれ?」

 女王さまはうぬぼれの強い人でした。一番は自分だと、根拠もなく思い込んでいました。

 鏡は答えます。

「それは白雪姫です」

 その答えに女王さまは満足しました。女王の次に美しいのは姫であるべきだと考えていたからです。

 女王さまと白雪姫に血の繋がりはありません。白雪姫の本当のお母さまは白雪姫を産んですぐ、天国へ旅立ちました。女王さまが女王さまになったのは白雪姫のお母さまが亡くなって二年後。王さまが独り身ではいけない、という理由からでした。

 ですが、女王さまは白雪姫をとても愛しており、白雪姫の二番目の母として、ふさわしくあろうとしてきました。

 ですので、自分がやがて白雪姫を殺すことになるとは、思いもしませんでした。


 白雪姫が十二歳になった日のことでした。

「この国で二番目に美しいのはだあれ?」

「それは姫さまのご友人である召使いの娘、エリバです」

 これを聞いて、体調を崩された女王さまはその日、一日中臥せってしまいました。

 女王さまは、エリバという娘について調べることにしました。何か、短所を見つけるためです。

 鏡は順番についての質問以外にはまともに答えてくれないので、人を使うことにしました。


 女王さまは狩人に言います。

「エリバと共に狩りに出なさい」

 狩人は困惑しましたが、女王さまに言われたとおりにしました。

 翌日、狩人は女王さまに報告しました。

「育てがいのある娘です。はじめは、とても狩りなどできまいと思われましたが、少し教えただけで、またたく間にウサギ鹿シカイノシシを仕留めてみせたのです」

 狩人はにこやかな笑みを浮かべていました。


 次に女王さまは服屋を呼び出しました。

「エリバに服を仕立てさせなさい」

 服屋も困惑しましたが、やはり女王さまの言葉に従いました。

 十五日後、服屋は女王さまに報告しました。

「あの娘には驚かされます。さすがに私には及びませぬが、少し教えただけでこれほど見事なドレスを作ってしまうのです。こちら、姫さまに」

 服飾屋は女王さまにきらびやかなドレスを渡しました。


 三人目に女王さまは料理長を呼び出しました。

「エリバに今宵の晩餐を作らせなさい」

 料理長は顔を真っ青にしましたが、女王さまの言葉には逆らえません。

 その夜、晩餐を食べて、王さまは言いました。

「いつもより少し拙いが、しかしなんと芳醇なのだろう。悪くない」

 王さまも白雪姫も、いつになく楽しげです。

 しかし女王さまの顔色は良くありませんでした。


「この国で二番目に狩りがうまいのはだあれ?」

「この国で二番目に服作りがうまいのはだあれ?」

「この国で二番目に料理がうまいのはだあれ?」

 鏡は答えました。

「それはエリバです」

 女王さまは愕然がくぜんとします。

「なんてこと。これではきっと、白雪姫は何においてもこの国の一番になれないわ。どうしましょう」

 女王さまが呟くと、鏡が言いました。

「エリバを殺してしまえばよいのです。あなたには魔法の力があります。殺しても、誰にもわかりません」

 お城のものは誰も知りませんでしたが、女王さまは魔法の力を持つ一族の生まれでしたので、魔法を使うことができました。

 しかし、魔法での殺人は最大の禁忌。女王さまは、魔法でエリバを殺してしまおうなどと、それまで、一度も考えたことはありませんでした。

 しかし、女王さまの心のなかで、その言葉はいつまでもこだましました。


 ある時、女王さまは白雪姫に言って、お城の庭で、エリバに直接会うことにしました。

 翌日、白雪姫とともにやってきたエリバを見て、女王さまは驚きました。

「はじめまして」

 エリバは白雪姫に瓜二つだったのです。これでエリバの髪の色が金でなく黒であったなら、女王さまは白雪姫が二人に増えたのだと思ったでしょう。


 白雪姫が眠ったところで、女王さまは言いました。

「エリバ、お前は召使いのままでいてはいけないわ。お前は神さまに祝福されたのだから、どこか別の国でよい暮らしをするべきよ。もちろん、そのためのお金は私が出しますわ」

 エリバは白雪姫を見て、言います。

「なぜ、エリバを、このエリバを追い出そうとするのですか」

「お前のためよ」

「できませんわ」

 女王さまは驚きました。召使いが、自分の提案をことわるとは思わなかったからです。

 エリバは言います。

「わたしは、白雪姫が大人になるまでずっとおそばにいるとお約束したのです。それはできませんわ」

 女王さまはめまいがしました。ですので、エリバがテーブルのすみっこに置かれたアップルパイを口にしたことに気づきませんでした。

 音がして、女王さまは気付きます。向かいに座っていたはずのエリバが、倒れていることに。その顔は白雪姫の何倍も白く、まるで死人のようでした。


 白雪姫の頼みにより、エリバはお医者さまにみてもらえることになりました。しかし、すでにエリバは息をしておらず、

「かなしいことでございます」

 お医者さまは言いました。エリバの身体の精霊は林檎リンゴが嫌いだというのに、それを知らなかったエリバはアップルパイを食べてしまい、身体の精霊がエリバに愛想をつかしたのだ――と。

 エリバを知るものはみんな、この死を悲しみました。狩人も服屋も料理長も、その日は涙を流しました。

 しかし、女王さまだけは知っていました。エリバが倒れたのは、自分が魔法で仕込んだ毒入りパイを食べたからだと。女王さまは禁をおかしてしまったのです。

 その次の日。エリバの埋葬が行われる日の朝に、女王さまは鏡に問います。

「この国で二番目に美しいのはだあれ?」

 ともあれ、これで白雪姫が二番目になった――女王さまはそう思っていましたが、

「それはあなたです、女王さま」

 女王さまはびっくりして、尋ねます。

「なぜ白雪姫ではないの?」

「それは白雪姫が死に、エリバが一番になったからです」

 嘘だ、と思い、女王さまは鏡の前から離れました。

 その時、女王さまの部屋に誰かが入ってきました。来たのはなんと、白雪姫の服を着たエリバでした。

「女王さま、これより貴女アナタワタクシの秘密をお話ししましょう」


 エリバは女王さまにかつらを見せました。きれいな黒髪の鬘です。

「時々、ワタクシたちはこの鬘を用いて入れ替わっていたのです」

「……」

「昨日もです。つまり、亡くなったのは姫なのです」

 女王さまは驚きのあまり絶句しました。

「……私はあの時、姫が死ぬと知りつつ、眠ったふりをしていたのです。そして、姫を復活させる手立てがあるのに、私はそれをせずにいます」

「なんですって?」

「話をしましょう。女王さま、白雪姫を産んだお方がどこの出か、貴女はご存知ですか」

 女王さまはそんなこと、気にしたこともありませんでした。

「実は、彼女は貴女の遠い親戚なのです。メソポタミアにて誕生した魔法の一族。それは現在では三つに分かれています。

 一つは、貴女の一族。魔法の道具に心囚われ、再興の機をうかがう一族。

 一つは、小人の一族。森の精霊と語らいつつましく暮らす一族」

「まさか」

「最後の一つは私とあのお方、叔母さまの一族。呪いを受けつつも、フルき道具を破壊する一族です。……叔母さまには子を産むと死ぬ呪いが、私には一番にはなれぬ呪いがかかっていたのです」

 一礼して、エリバは言います。

「……女王さま。その鏡を破壊させていただけませんか」

 その目は、カタチこそ似れど、まるで白雪姫の純粋な瞳とはまるで違う、どろどろに濁った深い闇をたたえておりました。


「なぜ?」

 ふぬけた声で、女王さまは問いました。

「それは簡単な話です。その鏡こそが序列禍ジョレツカ。順番によって人心を惑わす旧き道具であり、私達はソレを破壊することを使命とするためです」

「じょ、序列禍?」

「私達はソレをそのように呼びます。ソレはワザワイなのです。ソレに惑わされたものはやがて人殺しもいとわなくなるといいます」

「そんな、私は、」

 女王さまは顔を真っ青にして、目じりには涙を浮かべます。

「ご安心を。貴女が善良であることは知っています。鏡に唆されてアップルパイに毒を仕込んだ、それはきっと事実なのでしょう。しかしそれを姫が口にしたのは、事故のようなもの」

 女王さまは、へなへなとその場に座り込みました。

「貴女は私達の手がアップルパイへと伸びぬよう、ずっと注意していた。それで十分です」

「ですが、ですが……」

 女王さまの顔は、涙でぐちゃぐちゃです。エリバは女王さまの肩をたたいて、それからぎゅっと抱きしめて語りかけます。

「……貴方以外の者が姫の継母であったなら、その者は姫を躊躇なく殺していたでしょう。しかし、貴女は違う。貴女は美しい人です、女王さま。ソレがなんと言おうと、この国で、この世界で、何番目であろうと、そのことはゆらぎません。けっして」

「あぁ……あぁ……!」

 女王さまはたまらず声を上げました。

「……むしろ、みにくいのは私の方です。おのれの目的のために白雪姫を見殺しにし、それを今、こうして利用している。ソレがなんと言おうと、この私めの汚らわしきは拭い去れやしないでしょう。けっして。ですので、序列禍を破壊し、白雪姫を治したらすぐにでも、私は姿を消します」

 しばらくして、目を赤く腫らした女王さまは毅然とした様子でエリバに命じました。

「あの壁に掛かっている鏡を、魔法の鏡を、――序列禍を壊しなさい」


 エリバが秘密を打ち明けてから数日後、お城の中には元気な白雪姫の姿がありました。そして、そのそばにはいつも、金の髪の召使い、エリバの姿がありました。

「お前はここに残り、約束を果たすのです」

 鏡を破壊して、白雪姫をよみがえらせ、ひそかにお城を去ろうとするエリバに、女王さまは言いました。

「約束?」

「白雪姫に約束したのでしょう。『白雪姫が大人になるまでずっと、そばにいる』と。ならば、それを果たしてから去りなさい。それがお前のつぐないとなるはずです」

 その時のエリバの顔は、一体どのようなものだったのでしょう。それは誰も、女王さまのほかは誰も知らぬことでした。


(完)

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