ただ一発の弾丸 2
「マスターT!!」
A・ファーレンハイトは大声でマスターTに呼びかけて彼の正面に回りこもうとしたが、不定期に発生する空間の歪みが彼を守るように彼女の行く手を阻む。
どうにか空間の歪みを取り除く方法はないかと思案する彼女の視界の端に、A・ルクスが落とした金属の刃が映った。
彼女はこれだと直感してそれを取りに走る。
ルクスが持っていた金属の刃は、ゼッドが持っていたもの。ゼッドはそれでルクスの超人の力を封じていた。だからM合金製に違いない。そして博士たちはM合金には「クラック」を安定させる効果があると言った。クラックが時空の裂け目、あるいは歪みを意味するなら、これで何とかできるかもしれない。
ファーレンハイトはそう推理したのだ。
◇
ファーレンハイトは床に転がっている金属の刃に一直線に向かっていくと、片手で拾い上げた。それは大きさの割に重く、ずしりと手の平に沈みこむ感覚がある。
彼女は銃をホルスターに収めて両手で刃を構えると、すぐ近くに発生した空間の歪みに向かって振り下ろした。
空間の歪みは刃の軌跡に沿って断ち切られ、見る見る縮小していく。ファーレンハイトは思わず小さく「やった」とつぶやいた。希望が心に満ちる。
彼女は改めてマスターTを見つめると、行く手を阻む空間の歪みを金属の刃を振り回して切り払い、彼の正面に回る。
あまり近づきすぎるとまた何が起こるか分からないので、数mの距離を取って最も自信のある射撃に賭ける。
じっくり狙いをつけている時間はない。
右手で銃をホルスターから抜き、いつもどおりを心がけ、ただ撃つ。
◇
その瞬間ファーレンハイトはマスターTの姿をはっきり見た。彼の胸の前には真っ黒な穴が開いている。
彼の体の異変はそれだけではない。彼のプロテクターは右腕部分までも破壊されており、その代わりに彼の右腕には銀色のツタが巻きついている。ツタの先は彼の肩から胸の黒い穴につながっていて、さらに拳側はラッパ状に広がっている。
おそらくそれは指輪が変形したもの。まるで植物のように、ツタの先から吸収したエネルギーを拳側に送って、空間の歪みを放出している。
(うぅっ……こんなものが何だ!)
ファーレンハイトは彼の異常な変化に少し怯んだものの、迷わず撃った。
発射されたM合金の弾丸は真っすぐマスターTの胸に開いた真っ黒な穴に吸い込まれていく。
(どうだ……?)
ファーレンハイトは静かになりゆきを見守る。建物の揺れが止み、空間の歪みも発生しなくなるが、彼の胸に開いた穴は塞がらない。
そのまま彼女が静観していると再び地鳴りがはじまった。ここまでやってもダメだったかと彼女は諦めかけたが、まだ手があることに気づく。
それは彼女が持っている金属の刃。
そう認識したと同時に彼女は駆け出していた。
「うおおおおおおーっ!!」
恐怖を振り切るように彼女は叫びながら両手で金属の刃を構え、マスターTに向かって突進する。
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