ただ一発の弾丸 1

 O器官の暴走を止められる手段が見つかったは良いが、A・ファーレンハイトには今の幽霊のような状態から元に戻る方法が分からない。

 マスターTの記憶を巡る旅に巻きこまれたのだとして、どうすれば解放されるのか全く見当もつかないのだ。

 もしかしたら自分は既に死んでいて、彼といっしょに走馬灯を見ているだけなのではとも思った。死んだ後のことなんか誰も知らないのだから、何が起きても不思議ではない。


 ファーレンハイトが途方に暮れていると、また視界が白んでいった。

 今度はどこに飛ばされるのだろうと彼女は身構える。今までとは違う強いまぶしさを感じて、彼女は堪らず両目を閉じた。


「ウーーーーーーーーーー」


 大風のうなるような音が聞こえる。体が重さを取り戻していく……。



 ファーレンハイトは閉じていた目を開けた。

 場所は黒い炎の新本部。彼女は床にしゃがみこんで気を失っていた。

 マスターTは彼女が過去の旅をはじめる前と変わらず、O器官を暴走させて棒立ちになっている。大地震のような激しい揺れは少し収まって、小刻みな震動に変わっていた。


 状況は多少良くなっているのかとファーレンハイトは一息ついたが、そうではなかった。

 彼女が周囲の様子を確認すると、マスターIがA・ルクスの死体を左腕で抱えて離脱しようとしている。彼の右腕は失われていた。おそらくは空間ごと消し飛ばされたのだろう。

 それを見た彼女は恐怖する。いつ自分が同じ目に遭うか分からないのだから。


 直後に彼女は視界の歪みと小さな耳鳴りを感じて、反射的にマスターTから距離を取った。そして視覚と聴覚が正常に戻るまで後退を続ける。



 A・ファーレンハイトはマスターTから10mほど離れて、体に何も異常がないことを確認すると改めて一息つく。それからマスターTを救うべきか、ここから逃げ出すべきか考えた……が、答えはすぐに出た。

 彼女は彼に恩があり、彼を救う方法がある。それならやるしかないと彼女は決意を固めて、リボルバーの拳銃――50-50を握り締めた。


 シリンダーを回してM合金の弾丸が装填されていることを再確認すると、彼女は呼吸を整えてタイミングを見計らい、全力で駆け出す。

 上手くいく保証はないが、今は他に手段がない。

 もしかしたらマスターTを殺してしまうかもしれない。逆に暴走が激しくなるかもしれない。

 ……夢のような不確かなものから得た情報を信じて本当に良いのだろうか?

 決意が揺らぐような多くの考えがファーレンハイトの頭の中に浮かぶが、彼女はあえて振り切った。ダメだったらその後のことはその時に考えれば良い。どうなっても何もしないよりは良いと自分に言い聞かせる。

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