時空の旅 3
その事実に気づいたせいなのか、それとも何か他の原因があるのか、A・ファーレンハイトの視界は急に真っ白にフェードアウトしていった。
夢から覚めようとしているのかと彼女は思ったが、そうではなかった。
少しずつ視界が戻りはじめる。彼女はマスターTの後について薄暗い針葉樹林の中を移動していた。
マスターTはミラーバイザーと戦闘服のいつもの姿だ。
「マスターT、ここは……?」
ファーレンハイトは彼に呼びかけたが、反応はない。体もふわふわした感覚から戻っていないので、まだ自分は幽霊のような状態なのだと彼女は悟った。
◇
今度は何が起こるのかとA・ファーレンハイトが身構えていると、いきなりマスターTが走り出した。彼女の意識も勝手に彼と連動して移動する。
何となく針葉樹林を見渡していると、彼女は見覚えがあるような気がしてきた。
(ここは……もしかして?)
やがてマスターTは三人の人影を見つける。二人は黒い炎の上級エージェントで、残る一人は毛むくじゃらの怪人だ。
そしてファーレンハイトは完全に理解する。これは彼女がマスター候補になり、マスターTの下についてから最初に行った任務の記憶なのだと。
マスターTは全速力で毛むくじゃらの怪人に駆け寄り、前方に目いっぱい右腕を伸ばしながら指を鳴らす。
同時に怪人の首が宙に舞い、頭部を失った巨体は倒れて動かなくなる。
何もかもあの時と同じ……。
それからマスターTはA・ジュールと話をして、ファーレンハイトを適当にあしらい、その場に一人残る。
彼は首のない死体の前で片膝をつき、独り言をつぶやいた。
「すまない、私に力がないばかりに。こうするしかなかった。どうか安らかに眠ってくれ……というのも私の勝手な願いか」
ファーレンハイトは何とも言えない悲しい気持ちになった。
自分がこの超人の立場だったとしてマスターTを許せるかといえば、許せはしないだろう。命を奪われて心安らかにいられはしない。
だが、彼は恨まれることは承知で自分に使命を課した。失敗作の超人を救うことはできないと言って。
もしマスターTが超人たちを救おうと思えば、彼が新たな世界を創るしかないが、マスターTもまた長くは生きられない命。だから彼は自分の代わりに新たな世界を創れる者に期待していた。それだけの能力を持つ者に……。
しかし、その望みはついぞ叶わなかった。
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