時空の旅 3

 その事実に気づいたせいなのか、それとも何か他の原因があるのか、A・ファーレンハイトの視界は急に真っ白にフェードアウトしていった。

 夢から覚めようとしているのかと彼女は思ったが、そうではなかった。


 少しずつ視界が戻りはじめる。彼女はマスターTの後について薄暗い針葉樹林の中を移動していた。

 マスターTはミラーバイザーと戦闘服のいつもの姿だ。


「マスターT、ここは……?」


 ファーレンハイトは彼に呼びかけたが、反応はない。体もふわふわした感覚から戻っていないので、まだ自分は幽霊のような状態なのだと彼女は悟った。



 今度は何が起こるのかとA・ファーレンハイトが身構えていると、いきなりマスターTが走り出した。彼女の意識も勝手に彼と連動して移動する。

 何となく針葉樹林を見渡していると、彼女は見覚えがあるような気がしてきた。


(ここは……もしかして?)


 やがてマスターTは三人の人影を見つける。二人は黒い炎の上級エージェントで、残る一人は毛むくじゃらの怪人だ。

 そしてファーレンハイトは完全に理解する。これは彼女がマスター候補になり、マスターTの下についてから最初に行った任務の記憶なのだと。


 マスターTは全速力で毛むくじゃらの怪人に駆け寄り、前方に目いっぱい右腕を伸ばしながら指を鳴らす。

 同時に怪人の首が宙に舞い、頭部を失った巨体は倒れて動かなくなる。

 何もかもあの時と同じ……。

 それからマスターTはA・ジュールと話をして、ファーレンハイトを適当にあしらい、その場に一人残る。


 彼は首のない死体の前で片膝をつき、独り言をつぶやいた。


「すまない、私に力がないばかりに。こうするしかなかった。どうか安らかに眠ってくれ……というのも私の勝手な願いか」


 ファーレンハイトは何とも言えない悲しい気持ちになった。

 自分がこのの立場だったとしてマスターTを許せるかといえば、許せはしないだろう。命を奪われて心安らかにいられはしない。

 だが、彼は恨まれることは承知で自分に使命を課した。失敗作の超人を救うことはできないと言って。

 もしマスターTが超人たちを救おうと思えば、彼が新たな世界を創るしかないが、マスターTもまた長くは生きられない命。だから彼は自分の代わりに新たな世界を創れる者に期待していた。それだけの能力を持つ者に……。

 しかし、その望みはついぞ叶わなかった。

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