時空の旅 2

 A・ファーレンハイトが答えあぐねていると、ベッドで寝ていたマスターTが目を覚ました。

 彼が起きたのに気づいて、エリオン博士は彼に声をかける。


「おはよう。よく眠れたかな? カガヤくん」

「ええ、まあ。でも……みぞおちの辺りに違和感があります。心臓が二つあるみたいな……」

「体がだるいとか、どこか痛むということは?」

「いいえ、それはありません」

「それは良かった」


 二人の会話を聞いてファーレンハイトはこのマスターTも過去の人物なのだと理解した。

 では、彼女の知る彼はどこにいるのかという疑問が浮かぶ。もしかしたら自分はこの幽霊のような状態から元に戻れないのではないかとも……。


 彼女はエリオン博士に呼びかけた。


「エリオン博士」


 幸いエリオン博士はファーレンハイトを忘れたわけではなく、彼女の方を向いて答える。


「何かな?」

「私は未来から飛ばされて来ました。どうやったら未来に帰れますか?」


 隠しごとをしている場合ではないと、ファーレンハイトは素直に自分が未来人であることを明かした。

 エリオン博士は驚きも呆れもせず、真剣に対応する。


「詳しく事情を話してくれ」

「博士? いったい誰と話しているんです?」


 ベッドで横になっていたマスターTは上半身を起こして、彼女に尋ねる。彼はファーレンハイトを認識できていないのだ。

 エリオン博士は彼に視線を送ると小さく笑って言った。


「未来人と交信しているんだ」


 マスターTは怪訝な顔をすると、理解を諦めて再び横になった。



 エリオン博士は改めてA・ファーレンハイトに問う。


「未来人さん、あなたがなぜここにいるのか、ここまで来ることになった経緯を教えてくれないかな?」

「経緯と言われても……。私はそこのベッドで横になっている彼の知り合いです。あー……未来の知り合いであって、今そこにいる彼と直接の関係はありませんが」

「ふむふむ、それで?」

「未来の彼はO器官を制御できなくなり時空を歪ませて――」

「O器官のことを知ってるの?」

「ええ。異次元からエネルギーを取り出すための器官……でしょう? 私はその暴走に巻き込まれて、気がついたらここにいました」


 彼女の話を聞いたエリオン博士は何度も頷いた。


「分かった。私たちは夢の中にいるのだ!」


 飛躍した結論にファーレンハイトは言葉を失う。

 かつてマスターTはエリオン博士のことを「常人には考えられない発想をする人」と評していたが、まさにそのとおりの人物だった。


 冗談とも本気ともつかない笑みを浮かべているエリオン博士を見て、ファーレンハイトはからかわれているのかと思った。


「まじめに考えてほしいのですが」

「いやいや、大まじめだよ。私もそこの彼も夢の中の存在なんだ」

「どうしてそんな結論に……」

「私にはあなたが見える。これがどういうことか分かる?」

「いいえ、全く見当もつきません」

「私は異次元につながる方法を発見した時から、少しずつ他の世界の私とも繋がるようになってきた。いくつにも分かれた世界の私と」

「……意味が分かりません」


 彼女にはエリオン博士が言っていることが理解できない。話の内容自体は何とか理解できないこともないが、どうしてそうなるのか分からないのだ。因果が支離滅裂だと感じる。

 それでもエリオン博士はファーレンハイトに説明しようとする。


「とにかく私は一人じゃないんだよ。だから私は自分が夢の中の存在だと分かる。誰かがそう教えてくれるわけじゃないけど、自然にというか……感覚的に知得できるんだ」

「これが夢?」

「そうだよ。逆に夢だという以外に現状を論理的に説明できるかな?」


 エリオン博士の巧みな弁舌にファーレンハイトは強引に納得させられた。確かに夢だとでも思わなければ、おかしな現象の説明がつかない。


「あなたがおかしなことを言い出したのも夢だから?」

「あはは、なかなかきついことを言う。残念だけどそうじゃない。これは夢だけど私は夢の中じゃない私とも繋がってるから」


 いったいどういうことなのかとファーレンハイトは混乱する。エリオン博士の話を聞いていると頭がおかしくなってしまいそうだった。

 しかし、彼女は考察を繰り返して一つの可能性に気づく。今の今まで彼女はこの夢は自分の夢だと決めつけて疑わなかったが、もしかしてと思いエリオン博士に尋ねた。


「……これは誰の夢なんですか?」

「こんな夢を見る人の夢だよ」


 それは一人しかいない。マスターTが過去の夢を見ていて、ファーレンハイトはそれをのぞき見ているのだ。

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