時の流れの中で
時空の旅 1
A・ファーレンハイトは耳鳴りのような音が少し収まり、いくらか不快感が和らいだので目を開けてみた。
辺りは真っ暗だが、マスターTの後ろ姿だけは見えている。
「マスターT!!」
彼女は彼に呼びかけたが、全く反応がない。駆け寄ろうと思っても地面がない。まるで無重力空間にいるように彼女の体はゆっくり宙を漂っている。
ファーレンハイトは自分の体を確認したが、驚くべきことに手足も胴体も見えなかった。
彼女はまるで幽霊のように意識だけの存在になっているのだ。そのことをなかなか理解できずに彼女が困惑していると、辺りが急に真っ白になって、見知らぬ場所が目の前に現れる……。
◇
それは四つのベッドが置かれた病室のような白い部屋だった。ファーレンハイトは見覚えがある気がするが、どこなのかは分からない。
その内の一つのベッドに病衣を着たマスターTが眠っている。彼はプロテクターを装着していないし、バイザーもかけていない。死んだようにただ静かに仰向けの姿勢で横たわっている。
何が起こっているのかファーレンハイトは理解できずにますます困惑する。
いつの間にマスターTはベッドに移動したのか、彼は本当に彼女の知る彼なのだろうか?
相変わらずファーレンハイトは自分の体を認識できないし、地面に足が着いている感覚もない。
その時、室内に白衣を着た一人の女性が入ってきた。
ゆるいパーマのかかった肩までの茶髪に、緑色の目を持つ、年齢二十から三十くらいの若い白人女性。
彼女はしっかりとファーレンハイトを見つめて言う。
「あら、お客さん? あなたは初めてね」
「あなたは?」
ファーレンハイトの問いかけに彼女は驚きも迷いもせずに答えた。
「私はトリスティナ・エリオン。この研究所で室長をしている。あなたは?」
「あ、あなたがエリオン博士!? ここはどこ!?」
マスターTの話ではエリオン博士は死亡したはずだった。その彼女が目の前にいるということは……。
「ここはH国にあるOOOの研究所」
エリオン博士の答えにファーレンハイトは驚愕する。彼女は過去に来たのだ。
室内に見覚えがあったのは、血と涙に連れ去られた場所とよく似ていたから。
動揺する彼女にエリオン博士は小さく笑いながら尋ねる。
「それであなたのことは教えてくれないの?」
「私は……」
ファーレンハイトは答えようとして思い止まった。非合法組織の人間だとか未来人だと名乗って良いものか?
困った彼女はとりあえずコードネームを名乗る。
「私はファーレンハイト」
「何をしている人?」
その後に当然の質問をされてファーレンハイトはどう答えたものか考えた。
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