時空の旅 4

 A・ファーレンハイトが感傷に浸っていると、またも彼女の視界が白に染まり、時空を移動しはじめる。

 数秒後、彼女は再びNAの研究所に戻ってきていた。

 今度はベッドのある部屋ではなく、大きな装置の置かれた工場のような場所。

 そこには水色の作業服を着たマスターTと白衣を着たエリオン博士、そしてもう一人――グレーの髪で眼鏡をかけた白衣の男性がいる。


 エリオン博士はその眼鏡をかけて白衣を着た男性と、真剣な顔で何ごとか話し合っていた。


「O機構を大型化するためには、相応のクラックを維持しなければなりません。M合金の量産を急げませんか?」

「あれは量産には向かない。その代替になるMa合金を現在開発中だ。O機構の一般普及は私たちにとっても悲願。これが上手くいけば……」

「お願いします」


 マスターTは不安げな目でじっと二人を見つめている。


 エリオン博士は白衣の男性と別れると、マスターTではなくファーレンハイトに視線を向けた。


「あなたは……『ファーレンハイト』だったかな? また会ったね」


 彼女が自分を覚えていることにファーレンハイトは驚き、念のために確認する。


「私が分かるんですか?」

「バカにしているのかな?」

「いえ、そんなつもりは……」

「言ったはずだよ。私はとつながっていると」


 信じられないことだが、エリオン博士は夢の中の人物でありながらファーレンハイトを記憶していた。

 ファーレンハイトは今の状況から脱する手がかりを得ようと、彼女に自分の考えを伝える。


「これが夢かどうかは分かりませんが、一つだけ確かなことがあります。私はの過去を見ているんです」

「そう……は過去の夢を見ているのね。死の直前に人はそれまでのできごとを思い返すと言われるとおりに……。おそらく彼は自分が助かる方法を必死に探してるんだと思う。あれで彼は諦めが悪いというか、執念深いところがあるから」

「私はどうすれば良いんでしょうか?」

「そんなことを聞かれても困るよ」


 エリオン博士は苦笑いする。夢の中のそれも過去の人物である彼女に、的確な助言ができるわけもない。

 逆に彼女はファーレンハイトに尋ねた。


「あなたが未来の人なら、私たちの研究がどうなったか分かる?」

「それを知ってどうするんですか?」


 しょせん夢の中なのにとファーレンハイトは疑問に思う。夢なのだから、続きがあるかも分からないのに。


「あらら、夢ごときが知る必要はないってこと? 確かにそのとおりかもね」

「そ、そういう意味では……」


 エリオン博士はわざと意地の悪い受け止め方をしていやらしく笑ったが、それが全くの見当違いでもなかったのでファーレンハイトは慌てる。

 彼女は少し思案し、どうせ夢なのだから何を話しても良いだろうと、この先に待ち構える運命を告げた。


「あなたは何らかの実験の途中で死にます。そのせいで異次元からエネルギーを取り出す計画自体も頓挫します」

「そう……」


 さすがにショックだったのか、エリオン博士は小さくため息をつくと、うな垂れて目を伏せた。


「私は実験で死ぬのかぁ……。恐ろしい話を聞いてしまったな」

「ここで計画を中止すれば助かるかもしれません」


 ファーレンハイトは夢の中で何が起ころうと未来が変わるとは思わなかったが、良心からエリオン博士に忠告する。

 しかし、彼女は頷かない。


「そうはいかないよ」

「なぜですか?」

「この研究が人類の希望だから。それに……」

「それに?」

「本当に死んでしまうかどうかは、その時にならないと分からないよね。私は死なないようにがんばるよ」


 ファーレンハイトはこれ以上は余計なことを言わないようにした。

 エリオン博士の真っすぐな瞳を見て、たとえ夢の中でも彼女の心を迷わせるようなことはしたくないと感じた。

 ふとマスターTを見やると彼はエリオン博士に哀れむような視線を向けている。

 ファーレンハイトの存在が分からない人には、エリオン博士が虚空に向かって独り言をつぶやいているようにしか見えないだろう。



 それからまたもA・ファーレンハイトの視界は真っ白になる。今度はどこへ飛ばされるのか、マスターTの過去の旅はいつ終わるのか、彼女は不安を胸に目を凝らす。

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