崩壊の時

 誰もがマスターTの異変にうろたえる中で、さらに恐るべき事態が起こる。

 突然マスターTの周囲の空間が渦巻くように歪み、彼の近くにあるものを。吹き飛ばしたとか破壊したことの比喩ではなく、文字どおりに

 床も壁も天井も一部だけがきれいに抉り取られている。まるで見えない巨大な何かに食い破られたかのように。


「ウーーーーーーーーーー」


 マスターTは奇妙なうなり声を上げ続けながら、マスターSらに向かっていく。

 数秒の間隔で彼の周囲の空間が歪み、辺りを穴だらけにする。その範囲は少しずつ広がっているようだ。

 さらに小さな地震のように建物全体が揺れはじめ、その揺れも少しずつ大きくなっていく。


「うぅっ……何だ、これは!? そ、総員退避だ! ここは放棄する!」


 マスターSは恐怖を感じて後ずさり、全員に指示した。しかし、マスターIが倒れ伏しているA・ルクスの前で膝をついているのを見て、足を止め声を張る。


「マスターI、一時退避します!!」


 だが、マスターIは全く反応しない。

 マスターSの部下たちはすぐに撤退をはじめたが、当のマスターSだけはその場に留まってマスターIに呼びかけた。


「何をしているんですか!? 退避、退避ですよ!!」


 マスターIは彼の指示を無視し、無言でA・ルクスの亡骸を抱えてうずくまった。

 マスターSの声に反応して数人のエージェントたちが足を止めるが、マスターSは彼らに強い口調で命じる。


「彼のことは私に任せて、お前たちは先に離脱しろ!」


 エージェントたちは彼の指示に従い、急いでこの場から立ち去った。

 マスターSは改めてマスターIに呼びかける。


「マスターI、彼女はもうダメです!! 死んでいる、諦めましょう!! ……えぇい、聞いてないのか!!」


 そうこうしている間にも、マスターTはゆらゆらと少しずつ前進を続けている。

 ついにマスターSはマスターIを見限って、エージェントたちの後を追い撤退した。



 A・ファーレンハイトはその間に通信でマスターTに呼びかける。


「マスターT、応答してください! マスターT!!」


 だが、返事はない。

 その直後ますます激しい揺れが建物を襲い、広範囲の空間が歪む。ファーレンハイトもマスターIもそれに巻きこまれた。

 ファーレンハイトが気づいた時にはもう遅く、逃れる術はない。


 彼女の視界はぐるぐると回転をはじめてぼやけ、耳には耳鳴りのような不快な音がまとわりつく。床の感覚もなくなって、今の自分が立っているのか倒れているのかも分からない。息も苦しくなってくる。

 脳内をかき乱されるような現象に、彼女は堪らず両眼を閉じて耳を塞いだ。

 これから自分はどうなるのか、マスターTはどうなってしまうのか、彼女には何も分からない。

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