命燃え尽きるまで 4
A・ファーレンハイトが正面玄関に着くと、そこではマスターTとマスターFが対峙していた。
ファーレンハイトはいつでもマスターTを援護できるように、廊下の角に身を隠して様子を窺う。
マスターFはマスターTに懺悔していた。
「こういう形になってしまったことを残念に思っている。これは建前でも皮肉でもなく、本心からの告白だ」
「では、なぜこんなことを?」
マスターTの問いかけは落ち着いていた。あえて感情を抑えているのとも違って、ただただ淡泊だった。
腸の煮えくり返る思いだったファーレンハイトとは対照的。
マスターFは静かに語る。
「A国は表向きは対外不干渉の姿勢を取りながら、その裏では他国を思いどおりに動かす方法を模索してきた。その手段として、A国とは無関係な非合法組織を利用する案があった。A国には政府と軍の二つの諜報機関がある。過去の紛争で勝利を収めた軍は国民の信頼を得て政治的発言力を増したが、最近になってさらに強硬な主張をはじめた。誰もが感じはじめているんだ。世界の行き詰まりを。A国政府も基本的な方針は軍と変わらない。A国は一握りの勝者、選ばれし民の国になろうとしている。政府と軍の対立は、その中で誰が主導権を取るのかという話にすぎない。外国の非合法組織を利用するという案には、軍の動きを封じて政治から遠ざけるという裏の目的もあった。そこで私がいる黒い炎に白羽の矢が立った。黒い炎がA国に目をつけられたのは、私のせいだ」
ここでマスターFを殺してしまえば早いとファーレンハイトは一瞬考えたが、彼女が最も警戒しているA・ルクスの姿が見えないので、先制攻撃は諦めた。おそらくはルクスも不測の事態に備え、身を隠して待機している。
マスターTはマスターFを問い詰める。
「そんなことは聞いていません。どうしてA国政府の誘いに乗ったんですか?」
「A国に目をつけられた時点で、黒い炎の運命は決まっていた。つまり降伏か死か。私はよりベターな選択をしたかった。故郷への未練がなかったとは言えないが、少なくとも祖国に対する忠誠心や名誉への執着ではない。本当は……組織をそのまま残しておきたかった。それがこんなことになって、申しわけなく思う」
「それであなたはどうするんですか? 黒い炎の人員と技術の一部を持って、大手を振ってA国に戻るんですか」
「ベストではないが、成果はある。私は国に戻って……大統領になる」
彼の大それた野望にマスターTは沈黙した。
まるでバカな中学生のような発想。しかし、語るマスターFは至極まじめだ。
「裏の仕事をしていた人間が大統領なんて……」
「なれる。いや、なる」
できるわけがないと言おうとしたマスターTに、マスターFは強気に宣言した。
「私には強力な二つのカードがある。一つは超人計画の賛同者リスト。もう一つは黒い炎と邪悪な魂が持っていたNAの技術。この二つのカードを利用して私は政治の世界に乗りこむ。たとえ私自身が大統領になれずとも、影からA国を動かす」
「……それで、仮に上手くいったとして、どうするんですか? あなたが邪悪な魂の代わりに世界を救うとでも?」
「ああ、そのとおりだ。私が、A国が、やる」
マスターFはサングラスを外して、明るいブルーの瞳でマスターTに訴えかけた。決意に満ちた彼は真剣そのもので、彼の心には一片の迷いもないように見える。
だが、マスターTの言葉は冷たかった。
「できもしないことを言わないでください。あなた自身、できるとは思っていないでしょうに」
人も国もそんなに甘くはない。そんなことはマスターFも知っている。無理を承知で突き進むのだ。決意を言葉にするのは覚悟の証明。
「分かってもらえないか……」
「……分かっているからですよ」
マスターTが小声でつぶやいた直後、戦闘服を着たA・ルクスがマスターFを庇うように彼の前に現れる。まるで最初からそこにいたように、忽然と。
「マスターF、お話は終わりましたか?」
「ああ。後は任せたぞ、マスターX」
ついにこの時が来てしまったかと、ファーレンハイトは重苦しい失望のため息を漏らす。まるでどうしようもない運命のように、全ては最悪の方向へ転がっていくのだ。
「さようなら、マスターT。私はマイケル・フランクリン・フォスター。どこかでこの名を聞いたら、私を思い出してくれ」
マスターFはマントを翻し、マスターTに背を向けて悠然と立ち去る。
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