終焉をもたらす者 2

 マスターTは人通りの少ない道を選んで本部へと向かう。その理由の一つは一般人を巻きこまないためであり、もう一つは一般人にまぎれての奇襲を避けるためだ。


 A・ファーレンハイトは彼から数十mほど距離を取って、尾行するかのように物陰に身を隠しながら後を追った。



 アパートから1kmほど離れた所で、マスターTは近距離無線通信機能を使ってA・ファーレンハイトに話しかける。


「ファーレンハイトくん、どうだい? 敵は近くにいるかな?」

「それらしい人影は見当たりません」

「どこかで迎撃があるはずだ。気を抜かないでくれ」

「はい……。ところでマスターT、さっきの話は本当ですか?」

「さっきって、最後って話?」

「そうです」


 敵地に向かっている最中なのに戦闘とは無関係な話を続けるのは適切ではないとファーレンハイトは分かっていたのだが、彼女はどうしても確認しなければ気がすまなかった。

 本当にマスターTが死んでしまうとは彼女には信じられなかった。いや、信じたくなかったという方が正しいだろうか……。


「こんな時に嘘を言って何の意味が?」

「そういうことではなくて、なぜ最後なんですか?」

「だからO器官がもたないんだって……」

「どうしてそんなことが分かるんですか?」

「動悸が止まらないんだ。心臓じゃないよ。その下……みぞおちの辺り。今にも胸を突き破って破裂しそうで怖い」


 もう手の施しようがないのだと彼女は理解するも、まだ納得はできない。


「……どうして諦めたような言い方をするんですか? もっと生きたいとは思わないんですか? 今からでもマスターBやマスターCに会えれば、まだ何とかなるかもしれないじゃないですか!」

「私は今まで多くの命を奪ってきた。その報いを受ける時が来たんだ」

「組織のエージェントならそのくらいのことは誰でも!」

「違うんだよ、違うんだ。殺した命の重みが違う」

「……私もたくさん殺しました。金持ちも政治家も、善人も悪人も普通の人も。それぞれに親しい人がいたでしょう、家族だっていたでしょう」

「君は殺す前にためらったかい? 殺した後に後悔したかい? 私はできれば殺したくなかった。殺したくない殺したくないと思いながら、他にどうにもできない自分の無力を呪って自分自身を哀れむばかりだった。今でも何か他に方法があったんじゃないかと思い返しては強い後悔に襲われる。超人をこの世に生み出したのは、私だと言っても過言ではない。私には彼らを幸せにする責任があったと思う」

「死んで責任が取れますか!?」


 ファーレンハイトは無自覚に感情的になっていた。

 マスターTは困った声で返す。


「責任を取れるとか、取れないとかの話じゃなくて……。もう死んでしまうという事実を自分の中でどう消化するかってことだよ。死ぬのは怖いけど、心のどこかで安心もしているんだ。やっと積もり積もった罪を清算する時が来たんだって。マスターA――アーベルもこんな気持ちだったのかもしれない」


 超人はマスターTのDNAデータを基に作られた。そこに彼の責任があることは否定しようがない。

 彼の心は死に囚われていて、説得することは不可能なのだとファーレンハイトは感じた。彼はずっと死を待ち望んでいたのだ……。

 かつてH国でマスターAやゼッドと話した時と同じような感情を彼女は抱いた。助かるかもしれないのに助かろうとしないことへの怒りと悲しみ。それは同時に何もできずにもどかしく思うばかりの自分への怒りと悲しみでもある。

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