天地が返る 7

 マスターRは真っすぐマスターTを見つめ、改めて尋ねる。


「組織が乗っ取られて、君はどうするつもりなんだ?」

「どうって……」

「このままで良いのか? 奴らの軍門に降るのか? それとも奴らを倒すのか?」


 彼が何も答えられないでいると、彼女は小さなため息をついて言った。


「……まあ今さら組織を奪い返すことはできないし、諦めても良いと思う。仮にA国の影響を完全に排除しようとすれば、組織はゼロからの出発となるだろう。それならいっそ……どうだ、私と君とで新しい仕事でもはじめるか?」


 彼女の勧誘をA・ファーレンハイトは慌てて止める。


「待ってください! マスターBたちは奴らに囚われているかもしれません。見捨てる気ですか!?」

「冷静に考えてみたまえ。危険を冒して囚われているマスターたちを解放しても、組織は終わりだ。だいたい全員助け出せるかも分からないのに。それとも君には組織を立て直す妙案でもあるというのか?」


 マスターRの問いかけにファーレンハイトは答えられず口を閉ざした。

 感情を抜きにして考えればマスターRの言うとおりなのだろうが、ファーレンハイトは組織に愛着があったし、恩人であるマスターBを見捨てることもできなかった。

 マスターRもマスターBに恩があるのではなかったのかと、ファーレンハイトは彼女の薄情さを恨む。それが彼女の長所なのだろうとは思うものの、あまりにも切り替えが早い。


 重苦しい沈黙を破ってマスターTがマスターRに話しかけた。


「私がどうして黒い炎に入ったか分かりますか?」

「いきなり何だ? 同じ元NAの研究者のマスターBやマスターCに誘われたからじゃないのか」


 マスターRは意図が分からず、眉をひそめて答える。


「それもありますけど……。一番の理由は、黒い炎が私たちの理想を部分的ながらも実現した、小さな理想郷だったからです」


 彼の言う「私たち」とはNAのことだ。NAの研究者たちは純粋に真理を追究する一人の人間であることが求められた。そこには国家も個人の名誉もなかった。

 黒い炎は表の世界に居場所のない者たちの寄る辺を目指して創られた。国家・人種・民族・宗教を捨てた者たち、それらを失った者たち、それらに捨てられた者たちが集う場所。

 超人マスターAがそうだったように、元NAの研究者であるマスターBやマスターCがそうだったように。黒い炎はを持たない者たちのための、を必要としない場所。

 NAにどこか似ている、その無国籍な空気がマスターTは好きだったのだ。


「理想郷ねぇ……。物騒な理想郷だ」


 マスターRがバカにしたように小さく笑うと、マスターTはムッとして言う。


「組織は小さな国のようなものを目指していました。小さな小さな人工国家です。もしマスターAの離脱や今回の乗っ取りがなかったとしても、それが上手くいったとは限りません。いずれどこかで破綻してめちゃくちゃになる運命だったのかもしれません……。それでも私はこの小さな国の行く末を見守ろうと思っていたんです」

「だから、理想郷をぶち壊した奴らを許すわけにはいかない――と?」

「……許せないという思いもありますが……A国はNAの技術と超人を手に入れて、どうするつもりなんでしょうか?」


 マスターTがマスターRに投げかけた問いにファーレンハイトは不安を覚えた。

 彼は邪悪な魂と同じように、A国にも期待をかけるのだろうか?


 マスターRは冷笑してマスターTに答える。


「国家の目的は国家の維持そのものさ。国家なくして国民もない。だから自国以上のものがあるはずもない。それがA国でなかったとしても、NAの技術も超人もただ一国のために利用される運命だ。そして自国の地位を確固たるものにして、這い上がってくる者、追いすがる者を牽制する。どの国にも今さら全てを併呑する度量など求むべくもない。完全な平和を達成しようなんて試みは、過去に何度も失敗していて、皆もう懲りているんだ」


 結局のところ、人は自分たちの領域を守るだけで精いっぱいなのだ。より多くの者を救おうとして手を広げすぎれば破綻する。だから自ら枠を狭めて、その小さな豊かさを維持するために他者を排除する。

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