天地が返る 2
マスターTが借りている部屋の前に着いたA・ファーレンハイトはドアチャイムを鳴らす。
「はい!」
中から返事が聞こえドタドタと足音がした後、楽な格好のマスターTが玄関のドアを開けて姿を現した。彼はバイザーもかけておらず、右手にだけ白い軍手をはめており、両足ともはだしにサンダルだ。
彼が記憶喪失だった時のことを思い出してファーレンハイトはぎょっとしたが、彼の対応はいたって普通。
「あ、ファーレンハイトくん! どうしたんだ? こんな所まで」
「どうもこうもありません。とりあえず中に入れてください」
ファーレンハイトは彼の答えを待たず、彼を押しのけて室内に踏み入った。
「おっと、待って、本当にどうしたの?」
「早くドアを閉めて、鍵をかけて離れてください!」
「何、何ごと?」
マスターTはとりあえず彼女に言われたとおりに、ドアの鍵を閉める。
ファーレンハイトは彼の質問には答えず早足で室内を一通り見て回り、全ての窓に鍵をかけてカーテンを閉めた。
「どうしたんだい? 何があったのか」
マスターTは彼女を追って
勝手に部屋に上がりこまれて困惑している彼に、彼女は真剣な表情で告げた。
「何があったのか私にも分かりません。しかし、組織は今までの組織ではなくなってしまいました」
「えー……どういうこと?」
「とりあえず服を着替えて、いつでも外出できるようにしてください」
「あ、ああ」
彼はいつものスーツをクローゼットから取り出す。
ファーレンハイトはDKに移動して彼の着替えが終わるのを待ちながら、今の状況をどう説明したものか考えた。
◇
いつもの格好に着替え終えたマスターTはDKに出てきて、改めてA・ファーレンハイトに尋ねた。
「それで一体何があったんだ?」
「今日は私が新しいマスターに任命される日でした」
「えっ……任命式って今日だったの? 旧本部から新本部に移転完了するまで忙しかったし、その後も邪悪な魂との戦いが続いて、決着したのがついこの間だから、延期するかもって聞いてたんだけど……」
「誰から?」
「マスターRから……。事前に何の連絡もなかったし……。あぁ、知っていれば出勤したのに、普通の日のつもりだった。何で誰も連絡してくれなかったんだ……」
一人でショックを受けているマスターTを見て、ファーレンハイトは疑問に思う。
マスターFが任命式を急いだのか、それともマスターTが騙されていたのか、あるいは両方か?
彼が任命式に不在だったのは、どうやらマスターRのせいらしいが……。
「とにかく私以外の5人の任命は終わったと聞きました」
「誰に?」
「マスターFです。彼がマスターBに代わって任命式を執り行っていました」
「……マスターBはどうしたんだろう?」
「ええ、おかしいんです。あの場にいたマスターはE、F、I、L、N、O、P、Q、Sの9人だけでした。他のマスターの姿はなく……。彼らは怪しんだ私を攻撃してきたんです」
そう言いながらファーレンハイトは上半身を捻って、ナイフが刺さった上腕部をマスターTに見せた。
マスターTは彼女の腕を凝視するが、黒いコートの上からでは傷口が目立たない。
「どこ……?」
「ここです、ここ! 分かりにくいですか?」
ファーレンハイトはコートとスーツの上着を脱いで、改めて彼に負傷した部分を見せつける。
彼女の白いシャツの上腕部には二つの細い切れこみが入っており、その周りには円形に赤黒い血の染みが広がっている。負傷したことは一目瞭然で、マスターTは大げさに驚いた。
「わっ、手当しなくて大丈夫かい!?」
「はい。傷は深くありません。それよりも……今は組織が敵に回った状況です」
「何でそんなことに……」
ここに来てようやくマスターTも事態の深刻さを理解して、難しい顔になる。
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