最後の超人 4

 マスターIとA・ファーレンハイトは四階の執務室の前で待機しているA・ルクスと合流した。

 ルクスは二人に尋ねる。


「マスターTは?」

「遅れて来るそうだ」

「そうですか」


 マスターIが答えると、ルクスはさして気にも留めず話を続けた。


「とりあえず私が執務室の様子を見てきます」

「分かった。何かあった時のために通信は切らず、映像機能と補聴機能を使って行ってくれ」

「はい」


 彼女は素直に頷いて、静かに走り出した。

 グラスの通信機能と映像機能・補聴機能をリンクさせれば、使用者が見聞きしたものをそのまま通信相手にも伝えられる。これでマスターIはルクスの状況を知ることができる。それだけでなく、ルクス自身が気づかなかったことや見落としたことを第三者の目から助言することもできる。

 だが、複数の超人が待ち構えていた場合、ルクス一人で戦えるのか、ファーレンハイトは不安だった。自分とマスターIが駆けつけても、超人が相手では戦力になるか分からない。マスターT不在のままで話が先に進むので、ファーレンハイトは慌ててマスターIに確認を求めた。


「よろしいのですか? 罠の可能性があるのでは?」

「そんなのは承知の上だよ。だから彼女が行くんだ。もちろん危なくなったら援護に向かう。君にもルクスからの通信を送るよ」


 ファーレンハイトのグラスにもルクスの状況が反映される。

 ――ルクスは既に一人で執務室内に突入していた。彼女の目の前にいるのは見覚えのあるプロテクターを着た男。


「ようやく来たか……っと、お前一人か?」

「そっちこそ、他に仲間はいないのか?」


 A・ルクスと鎧の男は言葉で牽制し合う。鎧の男の正体は間違いなくゼッドだとA・ファーレンハイトは確信した。男の声はマスターTそっくりなのだ。

 マスターIとファーレンハイトは息を潜めて、通信に集中する。


 ゼッドは寂しげにルクスに語る。


「仲間か……。皆死んだよ。いや、俺が殺した。ここにはもう俺しかいない」

「何だと?」

「プロダクトナンバーHIDハーイーデー、超人の最期を知っているか? ……それは突然訪れるんだ。超人はO器官を酷使しても胸に小さな痛みがあるだけだが、寿命は確実に縮んでいる。全身に痛みを感じるようになったら手遅れさ。だんだん痛みが激しくなって血を吐くようになり、同時に体も動かなくなる。あまりにも苦しいから、のたうち回って必死に懇願するんだ。殺してくれ、殺してくれってな。だから殺してやった。皆、皆、俺が……」

「……何のつもり? 私を脅そうとしてもムダだ」

「親切で言ってやってるのさ。死に急ぐなよ。元から短い命をさらに縮めるようなまねは止せ」

「ざれ言を! 死ぬのはお前だ!」

「バカな奴。言っても分からねえか……。お前に用はねえんだけどな」


 会話の流れからこれは戦闘になると察したマスターIとファーレンハイトは、急いで執務室に駆け込む。


 ……しかし、加勢は必要なかった。

 ゼッドは右手にショートソードくらいの片刃の刀剣――おそらくはかつてA・ルクスを封じていたものと同じ金属の刃を持っていたが、そんなことは関係なくルクスは超人の力で彼を一方的に殴りつけた。

 ゼッドは超人の失敗作。超人のように驚異的な身体能力は持っていないのだ。彼を守る銀の甲冑はボコボコにへこんで、やがて彼は耐え切れず金属の刃を手放す。

 ルクスは目にも留まらぬ早業でそれを奪い取り、ゼッドのプロテクターを貫いて胸の中央に突き立てた。


「言ったよ? 『死ぬのはお前だ』って。私は生きる」

「……あぁ、バカなことをしたな。俺の一生、こんなもんか……。まあ良いや。HID、生きろよ……」


 ゼッドは最期にルクスへと手を伸ばしたが、彼女は憎しみをぶつけるかのように両手で金属の刃をさらに深く押しつけ、完璧にトドメを刺した。

 プロテクターの隙間から溢れるように赤い血が流れ落ち、ゼッドは息絶える。

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