力への意志 7

 なかなか回答しないマスターTにジノは告げる。


「君にも時間が必要だろう。今すぐには答えられないのなら、私たちは撤退する。だが、よく考えてほしい。私たちが去った後のことを。まだ国家なんてものに希望を持っているとしたら、君はとてつもない愚か者だ」


 何て卑劣なことをするのかとファーレンハイトは心の中で憤慨した。

 邪悪な魂が去れば政府や軍が被支配地域の住民を処刑することになると、ジノはマスターTを脅しているのだ。それが嫌なら仲間になれと。


 ひたすらに沈黙を貫くマスターTをジノは挑発する。


「決断できないのか? ここと同じように国家に抑圧された人々は世界中にいる。そして彼らは私たちを支持してくれている。私たちを追い払って彼らを苦境に立たせるのか? 君にも理想があったはずだ。あの博士たちと同じように。君にも理想を実現する力があるはずなのに、君はこんな所で何をしているんだ? もしまだ君の中にありし日の熱情がわずかでも残っているのなら……私たちと来い。見果てぬ夢の続きを見よう」


 それでも何も答えようとしないマスターTに彼は失望のため息をついた。


「……ああ、悪かった。つい感情的になってしまった。すぐに答えを出せと言うのは酷だったな。次は約束どおり世界の頂で会おう。そこで改めて君の決意を聞かせてくれ」


 ジノがおもむろに立ち上がりマントを翻すと、黒い閃光がマスターTとファーレンハイトの視界を奪う。

 次の瞬間にはもう彼と幹部たちの姿は消えていた。


 マスターTはジノの誘いには乗らなかったが、ファーレンハイトはそのことを素直に喜べなかった。その気がないならはっきりと断れば良いのに、そうのはなぜなのか?

 彼は不気味な沈黙を続けていて、その心の中を読み取ることはできない。


 彼女は彼にかけるべき言葉が分からず、ただ呼びかけた。


「マスターT……」

「任務は終わった。帰ろう、ファーレンハイトくん」


 彼の感情を殺した声に、ファーレンハイトはますます不安をかき立てられる。

 どうしてと言い切れるのか?

 まだ邪悪な魂の構成員が残っているとは考えないのか?

 ――にわかに浮かんだ疑問を彼女は心の中に押しこめた。聞いてしまうと、彼の存在がますます遠ざかるような気がした。

 記憶を取り戻してからのマスターTは悟りを開いたかのように達観していて、同時に彼女には理解しがたい言動も増えている。


 二人は応接室を後にしたが、要塞の中には誰も残っていなかった。

 ジノが宣言したとおり、邪悪な魂はこの地から完全に撤退したのだ。ただ支配していた地域の住民だけを置いて……。



 C国での黒い炎の任務は終わった。

 邪悪な魂を排除するという目的を達成して作戦自体は成功したが、マスターTはその後も何も語らなかった。


 マスターDは被支配地域の住民を処罰しないようにC国政府と交渉したが、彼らが本気で約束を守ってくれるとは限らない。彼はいかなる形であろうと約束を反故にされた場合は報復すると宣言したが、それをどこまでC国が恐れてくれるか……。


 A・ファーレンハイトはC国からの撤退前、ほのかに明るみはじめた紺色の空を見上げる。世界は静寂の中、晴れない彼女の心をよそに、星がまたたく空はただただ美しかった。

 絶え間なく空を彩る流れ星は、大気圏で燃え尽きるスペースデブリだ。

 さして珍しくもない光景だが、今の彼女はそれに無性に無常さを感じていた。

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