力への意志 6

 ジノは改めて姿を隠しているA・ファーレンハイトに呼びかけた。


「お嬢さん、まだ出てきてくれないのかな?」


 ジノとファーレンハイトの距離は何十mも離れている上、とくに大声を出しているわけでもないのに、なぜか彼の声は彼女の耳にはっきり届く。

 これは観念するしかないと思ったファーレンハイトは、慎重に周囲を警戒しながら姿を現し、シャドークロークのフードを剥いだ。

 鋭い目つきの彼女にジノは優しい笑顔を向ける。


「そう警戒しなくても私たちは何もしない。君が何もしなければね。彼と一緒に私たちについてくると良い」


 ファーレンハイトは彼に言われたとおり門の前まで来て、マスターTの少し後ろについた。

 二人はジノに先導されるままに、要塞の中に足を踏み入れる。



 ジノは要塞内の応接室にマスターTとA・ファーレンハイトを通した。彼はダイスとドラムを入口の前で待機させ、ロトとルーレットだけに随行を許す。ここで武力に訴えるつもりはないという意思表示だ。


「とりあえず、ここなら話を進めるのに邪魔が入らないだろう。本当なら落ち着いて食事でもしながら――といきたいところなんだが、場所が場所だけにそういう雰囲気でもないし、もてなせなくてすまないね」


 変なもてなしをされるよりは良いとファーレンハイトは答えたかったが、彼の話し相手はマスターTだったので、おとなしく口を閉ざしていた。

 そのまま一同は四角いテーブルを挟んで平行に着席する。ジノを中心に、彼の右側にはロト、左側にはルーレット。マスターTはジノの正面に、ファーレンハイトはマスターTの左側に座った。


 マスターTはジノと会ってから一言も発していない。プロテクターのせいで感情も全く読み取れない。

 ジノも彼の心の内を測りかねて語りはじめる。


「話というのは他でもない君自身のことだ。私はできれば君と戦いたくない。それは君も同じだと思うんだが……」


 ジノは再度マスターTの反応を窺ったが、やはり無言だった。

 彼は真っすぐマスターTを見つめて続ける。


「黒い炎はどうしてC国政府の味方をするんだろうか? ここで私たちが敗れたら、残された住民たちがどうなるか分からないわけではないだろうに」


 そこでいったん話を区切って、ジノは三度マスターTの反応を窺うも、やはり彼は無言のまま。

 ジノは小さくため息をついてなおも続ける。


「私たちは正しいことをしているつもりだ。今の世界には未来がない。人は国家という小さな枠に囚われて、国家の利益を最大にすることが自分たちを幸福にする唯一の道だと信じている。中には国家という意識さえ持たない者もいる。奉仕の対象は民族だったり企業だったり血族だったり……だが、それではいけないんだ」

「国際的な犯罪組織なら未来が開けるのか?」


 マスターTが初めて口を利いたのでジノは少し驚いた顔をしたが、その後にさわやかな笑顔を見せた。


「これは手厳しい。しかし、私たちはただの犯罪組織で終わるつもりはない。未来を開くのは私たちだ。その決意に偽りはないことを誓おう。マスターT、私たちと来るつもりはないか?」


 ジノの誘いに動揺したのはファーレンハイト一人だけだった。ロトもルーレットも平然としている。マスターTは再び沈黙して動かない。

 彼女はマスターTを見つめて彼の反応を待つ。もし彼が組織を裏切ったらという大きな不安が彼女を襲う。

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