世界の頂で 1

 黒い炎がC国での任務を終えてから半月後、マスターRは邪悪な魂に関する新たな情報を仕入れて、マスターTの部屋を訪ねた。彼女はA・ファーレンハイトとA・セルシウスがいる前で、マスターTに情報を伝える。


「北極圏で邪悪な魂の活動が確認された」

「北極圏か……」

「どうやら北極海にあるF国の海底資源掘削基地を乗っ取ったようだ。F国も踏んだり蹴ったりというか、間が抜けているというか」

「北極海か……」


 マスターTは疲れたような声で、空疎な独り言を繰り返した。

 ジノが「次は世界の頂で会おう」と言ったのは、このことなのだ。


 さすがに北極圏まで行くのはしんどいのだろうと、ファーレンハイトは彼の心の内を推し測った。

 迎撃システムの整った海上基地に接近することは難しい。これをどうやって邪悪な魂が占領したのかというと、やはりNAの技術を使ったのだろう。

 時空を操る技を使えるのがジノだけとは限らない。彼にできたということは他の者にもできておかしくないということ。

 そう考えるとジノの元に辿り着くことさえ困難なことのように感じられる。


 マスターRはマスターTに尋ねた。


「行くのか?」

「はい」


 彼が迷いなく答えたので室内の一同は驚いた顔をする。

 マスターRはマスターTに申しわけなさそうな表情で告げた。


「組織としては君をサポートできないかもしれない。わざわざ北極海まで出かけて行動するメリットがないというか……。今も生きている貴重な資源供給施設には変わりないのだが、C国での抵抗を見せられてはね……。私たちでは到底太刀打ちできない。F国の手を借りても無理だろう。場所が場所だけに共同作戦もやりにくい」

「構いません。F国と話を通していただければ、後は私だけでやれます」


 マスターTの自信はどこから来るのかとファーレンハイトは心配になった。もはや時空を操る技術は彼だけのものではなくなったというのに……。

 マスターRも黙っていられずに尋ねる。


「本気でそう思っているのか? C国での作戦の報告書には、E国のPMCの狙撃手がジノを直接狙ったが、逆に撃ち返されたとあった。とな。ジノもあの奇妙な技が使えるんだろう?」

「問題はありません」

「そんなわけあるか! むざむざ死にに行くつもりか?」


 激昂して机の上に両手を叩きつける彼女に、マスターTはのけ反って怯むも答えは冷静だった。


「そんなことにはならないでしょう。C国でも大丈夫だったじゃないですか」

「あの時、何があった? 連中が何もせずに撤退したとは信じられない」

「……実は仲間に誘われました」


 マスターTが白状すると、マスターRとセルシウスは目を剥いて固まる。ファーレンハイトも今ここでそれを言うのかと驚いた。


 マスターRはにわかに険しい目つきになってマスターTを問い詰める。


「それで、何と答えた?」

「何も」

「それで、どうなった?」

「考える時間をもらいました」

「……まさか返事をしに行くのか?」

「はい」


 彼女の表情はますます険しくなる。

 マスターRはやきもきする心を抑えているのだと、ファーレンハイトには手に取るように分かった。ファーレンハイトもまた彼女と同じ気持ちだった。

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