力への意志 5
一人で邪悪な魂の拠点に向かおうとするマスターTを、A・ファーレンハイトとA・セルシウスは追いかけた。
「マスターT、私たちもついていきます」
ファーレンハイトが勝手に「私たち」と言ったものだから、セルシウスはぎょっとして目を見張る。
「その必要はない。君たちには危険すぎる」
マスターTに断られてセルシウスは安堵した。彼もマスターTに同行するのは無謀だと思っているのだ。
それでも構わずファーレンハイトは食い下がる。
「私はあなたの決断を見届けなければなりません」
マスターTを一人にしては何をするか分からない。彼は組織を裏切らないと彼女は信じたいが、これまでの言動が言動だけに信用しきれない。
しかし、彼女は彼に強い不信感や猜疑心を持っているわけではなく、どちらかというと彼を心配していた。たった一人で本当に大丈夫なのかと。そう本人に聞いたところで、彼のことだからノーと言わないことは分かっている。
マスターTはしばし黙っていたが、やがて告げる。
「私から離れて安全を確認してからついてくると良い」
「はい」
力強く返事をしたファーレンハイトにセルシウスは驚く。
「正気ですか? 言っときますけど、自分は行きませんよ」
「分かった。そこで待っていると良い」
マスターTが歩き出すとファーレンハイトは彼についていった。
二人の気が知れないとセルシウスは肩をすくめてただ見送る。
◇
空が
ファーレンハイトはシャドークロークをまとって、闇にまぎれつつマスターTの後をついていく。
マスターTは彼女に配慮して、流れ弾が後方に飛ばないように空間を捻じ曲げ、全ての攻撃を自分に集めていた。猛攻に耐えられるのはプロテクターの性能なのか、それとも時空を操っているためなのか?
ファーレンハイトは足手まといになっているという自覚はあったが、もしもの時に彼を助けられるのは自分だけだと固く信じた。
◇
やがて攻撃は止んで、マスターTは何の障害もなく要塞への入口である巨大な門の前に立つ。
厚い金属製の門は、彼を迎え入れるように左右にスライドして開いた。
門の中から強い風が吹いてくる。これは要塞の中に有害なガスを侵入させないための防御機構だ。
門の向こうにはまるでマスターTを出迎えるかのように複数の人物が立っている。逆光がまぶしく、最初は影しか分からない。
ファーレンハイトは近場のバリケードの陰に隠れながら、目が慣れるのを待って人影の正体を確かめた。いつも利用しているグラスも電子機器なので、調光機能が死んでいるのだ。
マスターTの正面に立っている、紫のマントとローブを身にまとった若い男性は、邪悪な魂の若頭ジノ・ラスカスガベその人。黒髪を明るい金に染めてオールバックにしており、かすかに笑みを浮かべた顔は自信に満ちている。
彼の左右を白髪の老人と仮面の女性が固めている。二人は邪悪な魂の幹部のロトとルーレットだ。
さらに二人を守るように黒い鎧に身を包んだダイスとドラムがついている。
ジノは両手を広げて大げさな動きでマスターTを歓迎した。
「ようこそマスターT、いや――カガヤ・ハシムくん。私たちのことは知っているだろうから、改めて名乗る必要はないかもしれないが……、念のために自己紹介しておこう。私が新しい邪悪な魂の首領、ジノ・ラスカスガベだ」
マスターTが身構えると、彼はおどけた態度で言う。
「おっと、止めてくれ。ここではないと伝えたはずだろう? 君と少し話をしたいんだ。後ろのお嬢さんもいっしょに来てくれないか?」
ジノが自分の存在に気づいていることにファーレンハイトは驚いたが、カマをかけているのかもしれないと疑い、すぐにはバリケードの陰から動かなかった。
誰も何も言わず、何もしない、時間が止まったような数秒の沈黙。
それを破ったのは、一発の銃弾だった。超音速の弾丸が遥か遠方からジノを目がけて飛来する。誰かは分からないが、この機会にジノを殺害しようとしたのだ。
――だが、狙撃は失敗した。
銃弾はジノの目の前で空中に固定されたように止まる。
「フッ、人気者は辛いね。どこの誰かは知らないが、無礼な奴だ」
ジノが指を鳴らすと弾丸はその場で向きを180°変えて、飛んできた方向に帰っていった。
これは時空を操っているのだとマスターTもファーレンハイトも理解する。NAの博士たちはジノにもマスターTと同じ
最も危険なNAの技術は再現不可能なものではなかった。時空を操る技術はエリオン博士の専売特許ではなく、他の博士たちもそれを実用化できるほどの知識を有していた。
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