帰ってきたマスターT 2
それからマスターTとA・ファーレンハイトは同じ部屋で言葉も交わさず、ただ時の流れるままにすごした。
ふとファーレンハイトがマスターTに目をやると、彼はうとうとしはじめている。慣れない生活で疲れがたまっているのかとファーレンハイトは気づかい、あえて起こさずに放置した。
やがてマスターTはうつむいて机に伏せ動かなくなる。彼は完全に眠りに落ちた。
ファーレンハイトは眠っている彼を見つめながら、どうして自分は彼に親しみを感じるのか真剣に考えた。
マスターBは母のような存在で、A・バールは親友だが、彼女がマスターTに感じているものは二人に対するものともまた違う。
これまでファーレンハイトはマスターBとバール以外とは進んで親しくなろうとしなかったし、まして同じ戦闘員に思い入れを持つことはあり得ないと思っていた。
ゆえにマスターTに特別な感情を抱くことはないはずだった。たとえ命を預け合って任務を遂行する仲間であってもだ。
――しかし、思い返せば彼は最初から普通ではなかった。
彼女の彼に対する感情は、軽蔑と不信感から始まり、畏怖と困惑を経て、少しの信頼に変わった。こうして改めて振り返ってみて、彼女は自分がマスターTを好意的に評価した記憶がほとんどないことに気づき、ますます混乱する。
(……私は彼をどうしたいんだろう?)
とにかく今のファーレンハイトは彼女の知るいつものマスターTが帰ってくることを強く望んでいる。彼には変わらず彼のままでいてほしい。
それだけは確かな真実だった。
ファーレンハイトが自分の気持ちを再確認したと同時に、まるで計ったかのようにマスターTが目覚める。
がばっと体を起こした彼は、落ち着かない様子で周囲を見回していた。
「ここは……? 君はファーレンハイトくん?」
聞き慣れた呼ばれ方で、ファーレンハイトはすぐ彼の変化に気づく。
「マスターT、記憶が戻ったんですか!?」
「記憶……? どうなっているんだ? 私は家で眠ったはずで……?」
「ここはE国の新本部です」
「あー、そうだった! 前の拠点は見つかってしまったから……。でも、私は家で眠っていたんだが……」
マスターTは記憶を失っている間の記憶がなかった。
ファーレンハイトは落ち着いた声で事実を告げる。
「マスターT、あなたは記憶喪失だったのです」
「記憶喪失? そんなことが……ある……のか?」
「いつから記憶喪失なのか正確には不明ですが、あなたは少なくともここ二週間は過去20年分の記憶を失った状態ですごしていました」
「二週間、20年!?」
「そうです。20年前からタイムスリップした気分だと言っていました」
「……もしかして、その時の私はNA――というかOOOで働いていたと言っていなかったか?」
「はい。そのとおりです」
マスターTは深く息を吸いながら天井を見上げると、少し間を置いて深く息を吐きながらうつむいた。
「どうしました? 何か良くないことでも?」
「そうじゃない……けど、長い、長い夢を見ていた。昔の夢を……」
うつむいたままで再びため息をつく彼に、ファーレンハイトは告げる。
「マスターT、あなたにお話ししなければならないことがあります」
「記憶をなくしていた間のこと?」
「それもありますが、他にも……とくに超人たちのことについて」
「……分かった、聞こう」
マスターTは深く頷いて、ファーレンハイトに向き直った。
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