帰ってきたマスターT 3
A・ファーレンハイトはマスターTに伝えたいこと、聞きたいことを全てぶつける決心をしていた。
「私はゼッドとディエティーという二人の超人にさらわれ、そして超人たちから多くのことを聞かされました。ゼッドはあなたのクローンで間違いありませんね?」
「ああ、ゼッドは私の体細胞から作られた四番目のクローンだ。ZDでゼッド。彼は生きていたのか……」
「はい。そして、あなたのことを恨んでいました」
ファーレンハイトの残酷な告白にマスターTは何も答えなかった。
彼女は続けて尋ねる。
「どうして自分のクローンを作ったんですか?」
「……君は彼らからどこまで私の話を聞いた?」
「何も隠さず、ごまかさずに教えてください。NAのことも、超人たちのことも、博士たちのことも、そして……あなた自身のことも」
マスターTはしばらく沈黙していたが、深呼吸をして表情を引き締めるとゆっくり語りはじめた。
「私のクローンが作られた理由は、私の体がO器官に適合したためだ。なかなか信じてもらえないかもしれないが、O器官とは――」
「知っています。超人に備わっている、異次元からエネルギーを取り出すための器官でしょう。イリゲート計画の副産物だということも分かっています。記憶喪失中のあなたから聞きました」
「……ああ、そのとおりだ。私はO器官を移植された最初の人間だった。しかし、超人的な力は発揮できない。それは本当だ」
「そうでしょうか? それなら時空を操れるというのは何ですか?」
ファーレンハイトの指摘にマスターTは虚を突かれ、再び沈黙した。
「本当のことを言ってください」
もういい加減な言葉ではぐらかすことはできないぞとファーレンハイトはしっかり釘を刺す。
マスターTは覚悟を決めて語る。
「順を追って説明する必要がある。長くなると思うけど聞いてくれ」
「はい」
「NA――超国家的超人機構が設立された目的や経緯は以前話したとおりだ。その中でトリスティナ・エリオン博士はエネルギー問題を解決するために、イリゲート計画を立ち上げた。それは例の新エネルギー計画のことなんだけど、その内容は異次元から無限のエネルギーを引き出すという、まともな学者の発想とは思えないものだった。でも、彼女はそれを実現させた」
「しかし、大きなエネルギーを引き出すことはできなかった……」
「そのとおりだ。それはまるで物理の限界のようだった。これ以上のエネルギーを引き出すことは許さないと歯止めがかけられているようだった……と、博士たちは言っていた。エリオン博士はどうにか限界を突破できないかと苦心していた。ちょうどその時、ビリアード博士がイリゲート計画を利用した新たなアプローチをエリオン博士に持ちかけた。それが超人計画の前身となる、O器官の生体移植計画ことアーティフィシャル・アドバンスメント計画――
「どうして志願したのですか?」
「人類の新たな可能性を生み出すことに貢献したかった……というのは建前で、本音では惨めな人生から抜け出したかったのかもしれない。そのころの私はNAの関係者ではなく、ただH国に造られた研究施設で働いていただけの雑用係――いわゆる下働きの者だった。当時は不況の真っただ中で、職のある者はそれだけで幸せだと言われていたんだ。……ともかく私は無事手術を終えたが、その力を十分に引き出すことはできなかった」
「では、時空を操る技は?」
「そう先を急がないでくれ、もう少し後の話だ。人間にO器官を移植しても、力を引き出せなくては無意味だということで、AA計画の成功にはやはり生まれつきO器官に合わせて人間をデザインする必要があるという結論になった。その一方でエリオン博士はだんだんおかしくなっていった」
「おかしく?」
「最初から常人には考えられない発想をする人だったけど……わけの分からない独り言をつぶやくことが多くなって、生活習慣も不規則になっていった。寝食を忘れて何日も研究に没頭したかと思えば、死んだように眠り続けたり……。イリゲート計画が行き詰まって、ノイローゼになったのではないかと誰もが心配した。そしてある日、エリオン博士は私に指輪を渡した」
マスターTは説明の途中で、右手の黒い手袋を外した。
彼の中指には、まるでヘビが絡みついたような奇怪なデザインの指輪がはめられていた。
以前に彼女が見た時とはデザインが変わっている。もっと複雑に絡まって手と同化しているかのよう……。
「私が時間と空間を操れるのは、この指輪の働きだ。これが私のO器官からエネルギーを引き出して、時空間に干渉している。原理は不明だ。一応は説明されたんだけど、私にはおかしくなってしまったエリオン博士の言葉を理解することはできなかった……。それから半年後に、エリオン博士はイリゲート計画の実験の失敗で死亡した」
「いったいどんな実験だったんですか?」
マスターTは手袋をはめ直して、ファーレンハイトの問いに答える。
「分からない。私は異次元から限界以上のエネルギーを引き出そうとした結果なんじゃないかと思っている。この事故は施設の一部を吹き飛ばして、世界中を巻きこんだ大問題となった。NAを潰したい国の工作だとか、NAが無謀な実験を秘密裏に行っていたせいだとか、真相は不明のまま憶測で各国の対立と不信感だけが深まって、やがてNAに出資する国は減っていき研究の断念もやむなしという状況にまで追いこまれた」
「そこで……超人計画ですか?」
少しの間を置いてマスターTは静かに頷いた。
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