マスターTの正体 7

 マスターTは困った顔をして、どうすればマスターRに「時空間操作」を信じてもらえるのか考えた。

 ややして彼は思いつく。


「今度は時間を操ってみせましょう」


 彼は書架から雑誌を一冊取ると、それを上に放り投げた。

 まるで宇宙空間のように雑誌はゆっくり回転しながらふわーっと宙を舞い、天井すれすれで上昇を止めて、ゆるゆると下りてくる。


「時間の進行を十分の一ぐらいにしました」


 マスターRはまばたきも忘れ、手元に落ちてくる雑誌を凝視しながら取った。そしてまじまじと観察した後、自分でも上に投げてみる。

 雑誌が再びゆっくりと上昇していくのを認めた彼女は、両目を閉じ眉間を押さえて、目の前のの理解に苦しむ。


「……いや、まだそうと決まったわけではないからな? 他の可能性もある」

「別に無理に信じてもらおうとは思いませんけど……。とりあえず時間は元に戻しておきますね」


 意地になっている彼女に対して、これ以上の説得を諦めたマスターTは右手の指を鳴らした。それと同時に雑誌は急に落下速度を増して、ばさっと床に落ちる。

 マスターRは「ムムム」と唸って雑誌を拾い上げると、筒状に丸めてバンバンとデスクを叩き、マスターTに食ってかかる。


「どうしてこんなことができるのか、原理を説明してくれ」

「原理と言われても……。異次元から取り出したエネルギーを指輪リングで変換していることぐらいしか……」


 事情を知らない人間が彼の説明を聞いても全く理解できないだろう。

 彼女はますます混乱して難しい顔をする。


「異次元? エネルギーを変換? 最新技術の専門的な知識がないと思って、SF話で私をからかっているのか?」

「いえ、そんなつもりは……。私の知識も多くは博士たちの受け売りで詳しくはないのです」

「まさかエリオン博士のイリゲート計画に関連しているのか?」

「はい」


 マスターRは額に手の平を押し当て、自分が持つ情報から推理した。


「待て、待て。こういうことか? イリゲート計画とは異次元からエネルギーを取り出す計画だった……?」

「そうです」

「ナンセンスだ! その技はイリゲート計画の副産物だって言うのか!?」

「はい」


 あっさりマスターTに肯定された彼女は現実を受け止めるのにしばしの時間を要したが、しぶしぶながらも認めて新たな質問に移る。


「それでどこまでのことができるんだ?」

「分かりません。限界を試すのはちょっと怖いですね……。記憶を失くしたこととも関係しているかもしれませんし……」

「分かった。それなら私は君を組織の最後の守りとすることを提案したい。超人との戦いが終わった今、君自身も進んで戦いに赴く理由はないだろう」


 戦いを忘れてしまったマスターTを前線に出すわけにはいかないが、時空を操るという技は利用価値がある。

 そんな計算が窺えるマスターRの提案はマスターTにとっても好都合だった。


「あ、はい。戦いに行かなくて良いなら、それで……お願いします」

「構わないな? A・ファーレンハイト」


 マスターRはファーレンハイトに視線を送って問う。

 なぜ自分に確認を求めるのかと彼女は疑いながらも、型どおりの答えを返した。


「……マスターTがそれで良いのであれば、私から言うことはありません」

「良し。では、そういうことで」


 マスターRは用はすんだとばかりに速やかに退室する。

 彼女はマスターTの記憶を取り戻す手伝いに来たはずではなかったのかと、ファーレンハイトは眉をひそめた。

 冷静な彼女でも当初の目的を忘れるほど動揺していたのか、それとも……。

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