マスターTの正体 6
マスターRはわざとらしくA・ファーレンハイトに言う。
「うーん、しょうがないなぁ……どうしても聞きたいと言うなら良いよ」
そしてマスターTに向き直り、スーツの内ポケットからタブレット端末を取り出して、ある動画を再生させた。
「まずはこれを見てくれ」
ファーレンハイトは脇から画面を覗きこむ。
その動画はマスターTが紫のローブを着た男性と向かい合って立っている場面を、横から撮影したもの。場所は暗い室内で、動画には明度補正がかかっている。
男性はおそらく邪悪な魂の構成員であろう。小型の機関砲を抱えるように両手で持ち、マスターTに向けている。何かしゃべっているようだが、音声はない。
機関砲が火を吹いた次の瞬間、マスターTは例のプロテクターを身にまとっていた。さらにその後、紫のローブの内側から刃が飛び出して、男を瀕死の重傷に追い込む……。
動画はそこで終わりだ。全部で2分30秒。どこでのどんな任務だったとか、瀕死の男がどうなったとか、マスターTが何をしたとか、そういうことは一切分からないし、マスターRもあえて説明しない。余計な疑問を抱かせないように要点だけを示しているのだ。
「何が起きたか分かるか?」
マスターRの問いにマスターTは沈黙したまま静止した画面を凝視していた。
数十秒後に彼は遠慮がちに質問する。
「これは私……ですか?」
「記憶にないだろうが、間違いなく君だ。何が起こったか分かるかな?」
改めて問うマスターRに彼は小さく頷いた。
「……ええ、予想はつきます。ただ信じてもらえるかは分かりませんが……」
「良いよ、とにかく教えてくれ」
マスターRはデスク越しに身を乗り出してマスターTに迫る。
彼女がスーツの下に着ているVネックのブラウスからは胸元が覗いている。
情報を引き出すためなら色香を武器にすることもためらわない姿勢にファーレンハイトは閉口した。それも敵にやるならまだしも味方にやるのかと。
しかし、マスターTの謎の技のからくりはファーレンハイトも知りたかったので、止めたりはしなかった。
マスターTは自信のなさそうな声で答える。
「時空を操っているんだと思います」
既にイリゲート計画やO器官の話を聞いていたファーレンハイトはあまり驚かなかったが、マスターRは目を丸くして絶句していた。
数秒して正気に返った彼女は、咳払いを一つして聞き直す。
「……今、何て?」
「論より証拠です。見てください」
マスターTはデスクの上のペン立てから、中のインクが見えるガラス製のボールペンを一本引き抜くと、指先で軽くこねくり回してU字に曲げてみせた。
折れることもひび割れることもなく、軋みさえもせず、ガラスの筒の部分はゴムのように曲がっている。
そしてマスターTが手を放すと、まるで生きているかのようにゆっくりと元の形に戻った。
「……手品か何か?」
マスターRはマスターTの言葉をそう簡単には信じようとせず、ボールペンを手に取って材質を確かめる。種やしかけのあるマジックだと疑っているのだ。
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