マスターTの正体 2
NAことOOOの壊滅とエリオン博士の死を知らされたマスターTは、しばし呆然としていた。
自分が置かれている環境は20年前から激変しているのに、その間の記憶がすっぽりと抜け落ちている――となれば、誰でもそうなるだろうとA・ファーレンハイトは同情する。
マスターBは穏やかな口調ながらはっきりとマスターTに告げる。
「あなたが記憶喪失だということを他の人に知られるわけにはいきません。あなたにはいつもどおりに行動してもらいますが、とりあえず外勤の任務からは外しておきます。記憶が戻るまでは自室に引きこもっていてください。何かあった時の対応は……A・ファーレンハイト、あなたに任せます」
「えっ、私……」
「他にいないでしょう?」
上手く隠しおおせるだろうかとファーレンハイトは心配になった。彼女は嘘があまり好きではなかったし、ごまかしも得意とは言えない。
マスターTは不安げな顔でマスターBに問う。
「もし記憶が戻らなかったら?」
「そのまま騙し騙しマスターを続けるか、マスターを辞めて軟禁されるか、どちらかを選ぶことになるでしょう。他の過激な意見は私が抑えておきます」
「軟禁は嫌ですね……。私はここでどんな仕事をしていたんですか?」
「一言で言うなら殺しです」
彼女の答えにマスターTはショックを受けた。
「……私は悪人だったのでしょうか?」
「悪い人ではなかったと思いますよ。善人だったとまでは言えませんが」
マスターBは声こそ優しいが、言葉は厳しい。
彼はすっかり落ちこんで何も言わなくなってしまう。まさか自分が殺しを仕事にするようになっていたとは思いもしなかったのだ。
一般人に殺しをやれと言うのは酷なことだ。しかし、逆に考えればマスターTも元は一般人だったのであり、何らかの経緯で殺しをするようになってしまったということである。
それは超人計画の失敗のせいだろうかとファーレンハイトは思った。
今のマスターTは超人計画のことさえ知らないが、彼は超人のプロトタイプ。それも――ゼッドの言葉を信じるなら――自ら進んで被検体に志願した。
マスターTがどうして超人計画に参加することになったのか、それを解明できれば良いのだがとファーレンハイトは考える。これまで彼がどんな思いで何をしてきたか分かれば、今の状況にも納得してもらえるのではないかと彼女は思うのだ。
しかし、マスターBも彼が超人のプロトタイプだったことを知らないくらいなので分かる人が誰もいない。
◇
マスターBの部屋でお互いの顔を見合ってばかりでも何も解決しないので、とりあえずマスターTとA・ファーレンハイトはマスターTの部屋に戻って、いつもどおりの生活をすることにした。
マスターTは席に着いてファーレンハイトに尋ねる。
「それで私はどんな仕事をすれば良いんでしょうか?」
「そこに座っていてください。それが仕事です」
記憶を失った者に任せられることなど何一つないのだ。
彼は小さくしょげて、彼女に言われたとおり座ったままでデスクの上の本を読むなりして時間を潰した。
ファーレンハイトは自分の席に座って横目で彼の様子を窺いながら、どうにか彼の記憶を元に戻す方法はないかと知恵を絞る。
しばらくして彼女は彼の過去に繋がる話をすることで、何かきっかけを掴めないかと考えついた。
「マスターT、Z0号とかZ4号という単語に覚えはないでしょうか?」
「いいえ。何ですか、それは?」
「……では、ABLとかDDTには?」
「何かの略称ですか?」
「全く何の覚えもありませんか?」
「全然これっぽっちもありません」
「……気にしないでください。今のあなたにとっては未来のことです」
「未来?」
気になる様子のマスターTを見て、ファーレンハイトは超人計画のことを話そうと決める。
「あなたはNA――OOOが主導する超人計画に参加して、超人のプロトタイプになりました」
「超人……その『超人計画』って何なんですか?」
「これから話します。超人計画とはその名のとおり超人的な能力を持つ人間を作り出す計画です。超人は既存の人間の労働者に代わって、いわゆる上流階級と呼ばれる人たちの新しい奴隷になる予定でした」
「あの……ちょっとついていけない感じです。どうしてそんなことに? OOOの目的は一部の人たちの要求を満たすことじゃないんですよ。各国が応分に負担して共同出資する以上、研究成果は全人類の利益にならなければいけないわけです」
「……詳しいことは私にも分かりませんが、新しいエネルギーを生み出す計画が失敗して、超人計画を進めることになったそうです」
マスターTの反応に彼女は困惑した。少なくとも20年前は超人計画など全く予定にない状況だったということだ。
それがどうして彼が超人のプロトタイプとなりクローンまで作るような計画に発展したのか?
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