囚われの君 1

 A・ファーレンハイトが目を覚ましたのは、病室のような所だった。窓のカーテンは閉まっているが、外が明るいので今は昼だと分かる。

 彼女はベッドの上に仰向けに寝かされていた。腕や脚に拘束具のようなものはないが、手足はわずかも動かない。

 痛めた状態で無理に暴れたせいか、両腕と左脚が丸太のように腫れていると感じる上に、芯からずきずき痛む。まともに動くのは右脚だけ。

 ……気絶している間、彼女は夢を見なかった。昔の夢も悪夢も。


 ファーレンハイトは一息ついて、周りに誰かいないかと隣のベッドに目を向ける――と、A・ルクスが胸に大きな包丁のような刃物を突き立てられて仰向けに寝かされていた。

 殺されたのかと思い、彼女は息を呑む。一見したところルクスは呼吸をしていないようだが、大きな出血はなく顔の血色も良い。

 まるで時が止まっているかのごとく。生きているのか死んでいるのか、ファーレンハイトには判別できない。


 その時、ファーレンハイトの耳に足音が聞こえた。彼女は息を殺し、耳を澄まして足音の主の情報を探る。

 複数人。靴音と足運びからして男性二人に、女性二人が随行している。全員それなりの体格の大人だ。日ごろの訓練からファーレンハイトにはそれが分かる。

 片脚を痛めており逃れようもない彼女は、ただなりゆきに身を任せた。


 スライドドアが開いて赤いマントを着けた二人の男性が先に室内に入ってくる。

 一人はマスターA、そしてもう一人はマスターT――に似た何者かだった。おそらくはゼッドだろうとファーレンハイトは予想する。もしかしたら他のクローン体の可能性もあるが……。


「起きていたのか」


 マスターAは静かにファーレンハイトのベッドの側まで来て、彼女の様子を見る。


「具合はどうかな? 良いわけはないか」


 予想外に優しい問いかけにもファーレンハイトは無言を貫いた。彼女はマスターAを信用できなかったし、何を言えば良いかも分からなかった。


「……とりあえず手当てをさせよう」


 マスターAが後ろを向いて合図をすると、救急箱を持った二人の白衣の女性が入室する。一人は青い髪、もう一人は赤い髪で、まるで南国の鳥のように派手だ。


(超人……なのか?)


 普通の人間ではあり得ない髪の色は、超人の証ではないかとファーレンハイトは直感する。ディエティーは緑がかった黄金色、マスターAは燃えるような赤、A・ルクスも黒に紫が混じった不思議な髪色だった。


 二人と入れ替わるように、マスターAとゼッドらしき男性は退室しようとした。

 ファーレンハイトは去りゆく二人の背を見て、ようやく声をかける決心をし呼び止める。


「マスターA、なぜあなたは組織を辞めてこんな所にいるのですか?」


 マスターAとゼッドは足を止めて振り返る。

 まずゼッドが不満げに言った。


とはずいぶんなお言葉だな」

「……その話は手当てが終わった後でしよう」


 マスターAはそう言うと再びファーレンハイトに背を向け、ゼッドといっしょに退室する。


 二人の女性は改めてA・ファーレンハイトに近づいた。

 赤い髪の女性が困り顔で言う。


「そう睨まないでください。あなたに危害を加えるつもりはありません。どこか痛む所はありませんか?」


 ファーレンハイトはしばらく二人を警戒して見つめていたが、治療してもらえるならと思い直して素直に答える。


「両腕と左脚の関節をやられた。折れているかもしれない。他は……よく分からない」

「分かりました。ちょっと失礼します」


 青い髪の女性がファーレンハイトの体を押さえ、赤い髪の女性が彼女の戦闘服の袖に手をかけた。そして力任せに服を引き裂いて患部を露出させる。

 拳銃弾くらいなら防げる戦闘服を薄布のように破いたことから、この二人も血と涙の構成員で超人なのだとファーレンハイトは確信した。


「触りますよ。痛かったら言ってください」

「あっっ!」


 肘の骨に触られる感覚があって、ファーレンハイトは痛みから堪らず声を上げた。反射的に体が動くも、青い髪の女性にしっかり押さえられているので暴れることはできない。


「痛いですか? 少し我慢してください。うーん、幸い折れてはいないみたいですね。脱臼して腱がいっちゃったぐらいかな。さっさと戻して固定しましょう」


 患部をいじっていた女性は独り言のようにこれから行うことを告げると、当人の了解を得ることもせずに治療をはじめた。


「いっ!? あだだだだ!!」


 外れた関節を強引にはめ直され、ファーレンハイトは激痛で叫ぶ。脱臼を元に戻されても痛みは引かないが、いく分かは和らいだように感じた。

 その後は手早く副木と包帯で固定され、氷嚢で冷やされる。

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