敗北 2
ゼッドはマスターDを警戒して後ずさりしながら、まだ撤退しようとしないディエティーに問う。
「ディエティー、何をしている? まだ用があるのか」
「少し待っていろ」
ディエティーは試験室に立ち寄ると、A・ルクスを肩に担いで出てきた。そしてマスターDに向かって言う。
「他の戦闘員は出張中だったかな? 残念だ。この二人は人質に取っていく。返してほしければ、全てのはじまりの地に来い」
「全てのはじまり? どこだ!?」
「
ディエティーはマスターDの問いにはまともに答えず、踵を返し悠々と歩いて黒い炎の本部から出ていく。
ゼッドも彼の後に続く。
誰も二人を追いかけることができなかった。
◇
A・ファーレンハイトは朦朧とする意識の中でも闘志を捨てなかった。今はおとなしくゼッドの肩に担がれているが、そのまま連れ去られるつもりは微塵もない。
ディエティーとゼッドの二人は、黒い炎の本部の前に停まっているミニバンに近づく。その運転席には人が乗っている。
おそらくは二人が突入した後の混乱に乗じて本部の前まで来たのだろう。そうでなければ真っ先に破壊されている。
都市に近い郊外で銃撃戦が行われていたので、時間的にはG国の警察が駆けつけていてもおかしくないのだが、この国の治安維持能力に期待してはいけない。
そもそも組織として大きくもない黒い炎に逆らうことができない程度の国力しかないのだ。いわんや邪悪な魂や血と涙を相手に何ができよう。
ファーレンハイトはゼッドの肩に担がれたまま、ディエティーが隙を見せるのを待った。彼女はゼッドに担ぎ上げられる際の一瞬の隙に、こっそりオートマの拳銃に手をかけていた。
腕が折れても指先は動く。正確に狙いをつけることは困難だが、少しでも敵に損害を与えられるようにあがくつもりだ。
しかし、ショットガンをまともに食らっても平気だったディエティーとプロテクターに守られたゼッドは銃撃しても意味がない。
そうなると狙うべきは運転手か車のどちらか……。
◇
運転手はディエティーとゼッドを出迎えに車から出てきた。彼は運送会社の社員のような作業服と作業帽を着用している。
「ディエティー、ずいぶん酷い姿じゃないか」
ディエティーが着ていたスーツは主にファーレンハイトの射撃のせいでボロボロになっていた。
彼は自分の服を見て苦笑いして答える。
「少し手こずった。油断していたこともあるが」
「拳銃の弾を通さない程度には丈夫に作られているはずなんだが、そんなザマでよく死ななかったな」
「俺は超人だからな。お前たち旧人類とは違う」
余裕のある二人の話し声を聞いて、ファーレンハイトは行動を起こした。折れている腕はどうしようもないので、彼女は肩と手首だけで銃口を運転手に向ける。
わずかな動きでも激しい痛みが襲うが、これが最後と歯を食いしばった。
静まり返った郊外に銃声が響く。
発砲の反動でファーレンハイトは堪らず声を漏らす。
「くぅっ!!」
その後も彼女は銃弾の行方を見届けるまで、飛びそうになる意識を保ち続けた。
ゼッドの表情はヘルメットで分からないが、驚いていることだろう。
運転手の顔は恐怖で凍りついている。
そしてディエティーは――銃弾を手の甲で食い止めていた。
決死で放った一発をあっさりと防がれて、今度こそファーレンハイトは気絶する。絶望に似た大きな徒労感が、一瞬で彼女の意識を奪い去った。
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