敗北 1
A・ファーレンハイトは痛みのあまりに目まいを起こして失神しそうになるも、歯を食いしばって耐えた。
組織の鉄則。敵を前にして戦場で気を失うことは絶対に避けなければならない。戦闘員である彼女はそう教育されているのだ。
ディエティーは身動きの取れなくなったファーレンハイトから手を放して床に落とし、マスターDに向き直る。
「どうした? しかけてこないのか?」
彼の挑発に乗るようにマスターDはじりじりとすり足で距離を詰めた。
ディエティーは口の端に笑みを浮かべると、再び高速で移動してマスターDに向かっていく。
超人に二度同じ手は通用しないだろうと考えたマスターDは、まだ見せていない攻撃を披露した。
「電飛雷撃!」
彼の拳から破裂音とともに電撃が飛び、ディエティーに向かう。
しかし、ディエティーはほぼ同時に、床に転がっていたダイスの頭部をマスターDに向けて蹴飛ばした。
電撃はダイスに命中して阻まれる。そのまま超音速で飛んでくるダイスを、マスターDは受け流すので精一杯だった。
すかさずディエティーは一気に接近して、彼に回し蹴りを食らわせる。
超人の筋力から繰り出される攻撃は、一撃一撃が致死の威力を持っている。マスターDは直撃を受けないように防御しなければならない。
彼は帯電した脚甲でディエティーの蹴りを受けたが、勢いを殺しきることはできず、そのまま壁に叩きつけられた。
重く鈍い音がして、衝撃でコンクリートの壁が崩れ落ちる。
一瞬の攻防をまともに捉えられた者はほとんどいない。
マスターDは壁に衝突する際に後受身を取っていたが、半ば死を覚悟していた。これ以上の追撃には体がついていかないのだ。
だが、ディエティーはさらなる追撃はせずに、壁にぶつかって跳ね返ってきたダイスと、近くに倒れていたゼッドを回収して距離を取った。
ダイスは自分の扱いについて文句を言う。
「もっと丁重に扱ってほしいんだが」
「黙ってろ」
ディエティーは味方であるはずの彼にはまともに取り合わず、敵であるマスターDに話しかけた。
「お前も人間にしてはやるな。もっと遊んでやりたいが、今日は遊びに来たんじゃないんだ」
「ええい、もう十年若ければ……」
「無理はするなよ、じいさん。まだ死にたくないだろ」
負け惜しみを言いつつもよろめきながら立ち上がるマスターDを、ディエティーはあざ笑う。そして気絶しているゼッドの首を片手で持つと宙に吊り上げ、乱暴に揺すって目を覚まさせた。
ゼッドがプロテクターを着ていても、ディエティーの方が10cm以上も背が高い。それだけ二人には体格差がある。
「おい、起きろ! マシン野郎は回収したぞ。そっちはどうだった?」
「あ、ああ……もう一人は殺されていた」
意識を取り戻したゼッドが答えると、ディエティーは大きなため息をつく。
「しょうがない。代わりの土産を持って帰るとするか……。ZZD、お前はマシン野郎とそこに転がってる奴を回収しろ」
彼はファーレンハイトを指して言った。
ゼッドは気つけに頭を叩き、戦闘でずれたヘルメットの位置を直して答える。
「分かった。引き揚げるんだな?」
「ああ、もう用はない」
ディエティーが頷いたのを見たゼッドは、彼から渡されたダイスを右手に持ったままファーレンハイトに近づき、左腕一本で彼女を肩に担ぎ上げた。
「ぐっ……」
少し体を動かされるだけでも痛みが走って呻く彼女に、彼は小声でささやく。
「おとなしくしていろ。これ以上危害を加えるつもりはない」
マスターTと同じ、どこか優しい声に彼女は奇妙な安心感を覚えていた。
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