留守番 4

 A・バールはA・ファーレンハイトの顔を覗き込みながら、まじめに問う。


「嫉妬してるのかな?」


 ファーレンハイトはしばらく言葉の意味が分からなかったが、理解するとたちまち赤面した。


「誰が嫉妬なんか! そうじゃなくて!」


 彼女が必死に否定したのは、「男と女」というマクガフィンの警告を思い出したからだ。まだ真実と決まったわけではないが、彼が言うにはマスターEはマスターKに誘惑されていた。

 同じようにマスターRがマスターTと親しいのにも裏があるのだとしたら?

 マスターTの性格からして、彼の方から彼女に近づいたとは、ファーレンハイトには思えなかった。そうなるとマスターRから彼の方に接近したことになる。


 これが人を疑心暗鬼にさせるための罠だとしたら、何と有効なのだろうとファーレンハイトは歯噛みした。マクガフィンの話を聞いたことで、自分まで惑わされてしまっている。

 それだけではない。今の今までその可能性には思い至らなかったが、もしマスターTが彼の警告を真に受けていて、自分を遠ざけるようにしたのだとしたら……。そのせいで自分が置いて行かれたのだとしたら!


 怖い顔をする彼女を見てバールは苦笑いする。


「冗談だってば、怒んないでよ……」


 親友に誤解されてはいけないと、ファーレンハイトは小さくため息をついて気を静めた。


「……怒ってないよ。それより何か用があって来たんじゃないの? 遊びに来たわけじゃないよね」

「ああ、忘れるところだった。マスターRからマスターTに渡すものがあって」


 バールは思い出したように小脇に抱えていたフォルダーを開く。


「何?」

「未公表の血と涙の犯行声明文。読む?」

「読む」


 まじめに答えたファーレンハイトに彼女は呆れたような小さな笑みを浮かべた。


「遠慮しないんだね。フフ、毒を食らわば皿まで?」


 この文書はマスターRからマスターTに宛てられたもの。それを第三者が勝手に読むことは本来許されないのだ。

 バールはフォルダーから外した一枚の紙をデスクの上に置く。



愚かな旧人類の支配者どもに告ぐ。

いつまでも旧習を打破できずに行き詰まった、お前たちの時代は終わった。

これからは我ら新人類が世界を支配する。

地獄の底で自らの過ちを悔いよ。

血と涙を流しながら、永遠に。



 これを読んだファーレンハイトは信じられないと眉をひそめた。

 邪悪な魂はどう思っているか分からないが、世界征服をしようとしているのは血と涙なのだ。

 そしてマスターAはそれに協力している。かつて黒い炎組織を率いていた人物が!


「こんなのが本当に血と涙の犯行声明なの? 誰かのいたずらとか、無関係の組織が便乗して声明を出したりしてない?」


 ファーレンハイトが顔を上げると、バールはきょとんとした顔で袋入りのビスケットをほおばっていた。

 さっきまでは何も持っていなかったので、冷蔵庫から拝借したものと思われる。


「……何してるの?」

「おかし、自由に食べて良いって書いてあったから……」

「それよりこの犯行声明は本当に血と涙が出したもの?」

「どうだろうね。確かなことは、これが犯行当日に各国の首脳に送りつけられたということと、各国政府はこれを公表せずに隠蔽したことだけ」

「そんなものをどうやって入手したの?」

「気になるならマスターRに聞いてみたら? もっとも情報源を明かしてはくれないだろうけど」


 血と涙とはいったい誰が何のために創った組織なのか、謎は深まるばかりだ。

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