留守番 1

 マスターC直属の黒い炎の技術部は、先の任務で回収したマックス・マクガフィンやダイス・ロールの装備を解析したが、その再現は困難と結論づけた。

 それらはNAからもたらされたものに違いなかった。

 とくにダイス・ロールのサイボーグ化技術は頭部以外の全てを機械に置き換えたもので、唯一の生体部分である頭部は完全に密封されたフルフェイスのヘルメットの中に収められており、どうやって生命活動を維持しているのかも不明だった。


 しかしながらマスターCはマスターTと同様に、この程度の技術は脅威とは言えないという認識を示した。

 姿を消すマント「シャドークローク」は明るい所では効果が薄く、手甲鉤「地獄の爪」に塗られた毒も解毒が不可能なものではない。戦闘服も高い防弾・防刃性能を持っているが、実は組織が使っているものと大差がない。

 サイボーグ化技術は高度すぎて量産に向かず、ダイス・ロールに限った試験的なものだと予想された。



 一方でマスターEはマクガフィンの攻撃で腸を破られ、毒の爪が腎臓にまで達していたために、本部内の病院で完全に回復するまで絶対安静となった。

 本人はケガを押して戦闘任務を続ける気だったが、マスターBの指示でエージェントが見張りについて病室に閉じ込めた。

 邪悪な魂や血と涙との決戦にマスターEの存在は欠かせない。すぐに復帰はできないだろうが、無理に働かせるよりも今は休ませて一日も早く万全な状態で戦えるようにするべきだというのは、全てのマスターの共通した認識だった。


 そこでマスターE不在の穴を埋めるのは、マスターTの役目となった。

 彼はマスターBとマスターCの後ろ盾によって、他のマスターから独立して作戦を遂行する権限を与えられ、マスターEに代わって邪悪な魂の拠点攻略に出動した。



 その事実を知らず、いつものように早朝からマスターTの部屋を訪れたA・ファーレンハイトは、部屋の鍵がかけられたままだという事実に驚き、今までほとんど使ったことがなかった合鍵を使うことになった。


「マスターT? ご不在ですか?」


 彼女は照明をつけて室内をゆっくりと見回す。


(誰もいない……)


 事前に何も話がなかったことを怪しみながら、いつまでも急ごしらえな自分の席に座ろうとしたところで、彼女は机の上に手書きの置手紙があることに気がつく。

 その内容は以下のようなものだった。



――A・ファーレンハイトへ


任務のために数日不在にします。

とくに言い置くことはありません、留守を頼みます。

私への用件はあなたが代わりに聞いて書き留めておくか、それが無理なら出直してもらってください。

物品の持ち出しは禁じます。

お客さんを勝手に部屋に入れないようにしてください。

散らかしたら後片づけをしてください。

退室する時はしっかりドアを閉めて鍵をかけ、電気を小まめに消してください。

冷蔵庫のおかしは自由に食べても良いです。


Tより――



 母親が子供にあてたような内容に、ファーレンハイトは脱力した。

 読みはじめこそ置いていかれたという寂しさがあったが、とくに言い置くことはないと書いた後に細かく注意が書き連ねてあるのを見て、ほほ笑ましくなる。

 いつもの話し言葉と違って丁寧に書かれているのが、ますますおかしい。


(留守を任せるくらい信頼しているということ? それともまだまだ実力不足なのかな……)


 どちらかというと後者なのだろうと彼女は小さくため息をついたが、どこか笑いを誘う置手紙のおかげで失望は小さい。

 ここで一人うじうじ悩んでいてもしょうがないので、とりあえずマスターTのデスクの後ろにある小さな冷蔵庫を開けてみると、見慣れない東洋の飲食物とは分けられて、引き出しに甘いおかしが詰めこまれていた。

 いずれもビスケットやアメ玉といった日持ちのするもので、さらに安価で量が多いことから彼の性格が窺える。


(子供じゃあるまいし……)


 しょうもないと思いながら冷蔵庫を閉めた彼女は、ちょっとした出来心を起こして上等なマスターTの椅子に座った。

 そして彼の視点から室内の風景を眺めつつ、自分がマスターになった時のことを考える。

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