裏切り者 2
それから数分間A・ファーレンハイトは待機していたが、もう工場から味方以外の人や車が出てくる気配はなかった。
やがてマスターTからA・ファーレンハイトに通信が入る。
「ファーレンハイトくん、突入だ。降りてきてくれ」
「分かりました」
二人は下級エージェントの運転する乗用車に乗りこんで工場に向かった。
◇
銃撃戦が行われた後で工場の敷地内は荒れ放題。ドアも壁も弾痕だらけで窓はことごとく割れており、目につくだけでも数十人は死んでいる。
地下への入口は工場の中の自動車用エレベーターだった。工場の地下に広大な車庫があり、そこからさらに通路が伸びている。
おそらく邪悪な魂の幹部級の構成員は地下に逃げた。地上で死んでいるのは全員が下級構成員だ。
すぐに追撃したいところだが、罠を警戒しなくてはならない。安易に飛びこめば迎撃されるだろう。
「敵は地下だな。行くぞ」
「待ってください、マスターPの到着を待ちます」
先を急ごうとするマスターEをマスターGが抑える。
マスターGの方が体格が大きいので押し負けることはない。マスターEの方も進行が遅いことに不満を持ってはいても、味方を切り伏せてまで無理やり先に進もうとはしない。
そこへガスマスクを装備してタンクを背負った化学兵器部隊が遅れて到着する。
マスターPは全員に指示した。
「ガスマスクを装着せよ!! これよりガスを散布する!」
マスターもエージェントもその場にいる者は全員、口元だけを覆う簡易ガスマスクを装着する。
「散布開始!!」
マスターPの合図で化学兵器部隊は自動車用エレベーターから地下空間に降りて、空気より重い無色無臭の毒ガスを散布しながら進む。
◇
数分の待機後、化学兵器部隊に続いて四、五人の小部隊に分けられたエージェントたちが順に薄暗い地下に突入した。
最初はエージェントだけの部隊が先行して、マスターを含む部隊は安全が確認されてから移動する。そういう予定だったのだが、途中でマスターEが勝手に自動車用エレベーターから飛び降りたので、マスターTとA・ファーレンハイトは慌てて彼の後を追った。
マスターEを追うために先を急ぎたいファーレンハイトだったが、プロテクターを装備しているマスターTが集団の後方に流されていたので通信で彼を急かした。
「マスターT、急がないと!」
「そうしたいところなんだが、これでは機敏に動けないんだ」
いくら戦闘が予想されるからといっても、ここで装備する必要があるのかとファーレンハイトは呆れる。
「もう!! 先に行ってますよ!」
「ああ、必ず追いつく」
彼女はマスターTを置いて一人でマスターEを追った。閉所での戦闘を想定して、武器は三丁の拳銃だけ。オートマが二丁とリボルバーが一丁。これが彼女の最も慣れ親しんだスタイル。
地下は薄暗いが全く見えないというほどではない。グラスの暗視補正機能で視界を十分に確保できる。
広さ50m×50m程度のコンクリート造りの車庫には車が全くなく、いくつかの自動車の部品や工具が転がっているだけ。四方の壁にはそれぞれ開け放たれたドアがあり、先行した化学兵器部隊が中を調べていったのだと思われる。
マスターEはまるで内部の構造が分かっているかのように、迷わず一つのドアに向かった。彼は早足で歩いているだけなのだが、迷いがないために速い。周囲を警戒するエージェントたちを尻目に一人でずんずんと先に進む。先行していた化学兵器部隊に追いつくのではないかと思うくらいに。
A・ファーレンハイトは周囲を警戒せずに進むわけにはいかず、見通しの悪い場所では足を止めて先の様子を窺い、すぐに駆け足でマスターEを追うことを繰り返す。
ドアの向こうにはさらに地下へと続くコンクリートの曲がり階段があった。
ファーレンハイトは物陰に身を隠して先を確認しながら進む。もう光源はなく、階段を一段下りるごとに暗さが増していく。
◇
高さ4mほどの階段を下りきると少し幅の広い真っすぐな通路に出る。そこでは先行していた化学兵器部隊のエージェントたちが倒れていた。
マスターEは彼らには目もくれず、さらに先へと進む。
エージェントたちはなぜか全員ガスマスクを外していた。目立った外傷はないので、毒か何かでやられたように見える。
ファーレンハイトは一人のエージェントの前に屈み込んで、首元に手を当て生死を確認した。
弱いながらも脈はあるので死んではいない。おそらくはガスマスクが外れたせいで自分たちが散布した毒ガスを吸ってしまったのだろうが……。
いったい何が起こったのか気味の悪いものを感じながらも、ファーレンハイトはマスターEの後を追う。その前に彼女は一度後ろを振り返ったが、まだマスターTは追いつかない。
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