裏切り者 3

 真っすぐな通路の先には右開きの金属製のドアが見える。

 ドアが開け放たれていないので、その先は化学兵器部隊のエージェントたちもまだ侵入していない可能性が高い。


 マスターEはドアに近づくと右腰に下げた愛刀を右手一本で引き抜き、そのままの勢いでドアの蝶つがいを切断した。その後に素早く納刀。あまりに速い動作で、常人には刀を抜いてから鞘に収めるまでの一瞬をまともに捉えることはできない。

 それどころか音もなく、ドアも固定されたままなので、彼が何をしたのかさえ気づかないかもしれない。

 だが、A・ファーレンハイトは優れた動体視力でしっかりと見ていた。


 マスターEは右脚でドアを蹴破った直後にふっと姿を消す。

 大きな音がしてドアが吹き飛び、同時にドアの向こうから光が放たれる。

 それが銃撃のマズルフラッシュだと直感的に気づいたファーレンハイトは、防御行動を取った。

 彼女は被弾面積を小さくするために通路の端に伏せ、頭部を両腕で守りながら正面からは死角になるドアの脇に這って移動する。

 相手の得物は連射可能な機関銃の類。

 鼓膜を打ち破るような連続した激しい発射音と同時に弱い衝撃波がファーレンハイトを襲う。

 通路には化学兵器部隊のエージェントたちが倒れているが、他人に構っている余裕はない。彼らも運が良ければ命は助かるだろう。逆に運が悪ければ全滅してもおかしくないが……。


 数発の被弾は覚悟していたA・ファーレンハイトだったが、銃撃はすぐ止んだ上に着弾音も聞こえなかった。

 彼女がそっと顔を上げると、後方から追いついたマスターTが側に立っている。


「ファーレンハイトくん、大丈夫?」


 見下ろしながら尋ねてくる彼に、ファーレンハイトは起き上がって服についた埃を払いつつ答えた。


「は、はい。それよりマスターEが」

「よし、私が前に出る。君は後ろに」


 頑丈なプロテクターに守られているがゆえの自信に満ちた言動とはいえ、彼女は彼に頼もしさを感じて心が温かくなった。どんな秘密を抱えていようが、今この時だけは関係ないと思えるくらいに。



 二人が通路の先にある30㎡程度の小部屋に入ると、マスターEが機械の残骸を踏み越え、その先のドアを開けて進もうとしているところだった。


「マスターE!」


 マスターTが呼び止めようと声をかけても、彼は振り返るどころか足を止めようともしない。

 二人は駆け足でマスターEの後を追う。


 ファーレンハイトは小部屋を通過する際に、室内の真ん中の床に転がっている残骸に目を向けて一度足を止めた。

 それは人型のロボットのようなものだった。装備している兵器ごと手足も胴もバラバラに切断されており、生身の部分は見当たらない。

 マスターEによって破壊されたものと思われる。


「これは……」

「邪悪な魂の戦闘員ダイスだ」


 NAの新兵器なのかと疑ったファーレンハイトに、マスターTが冷淡に告げる。

 彼女は驚いてまじまじと機械の部品を観察した。

 ダイスは完全に無力化されて沈黙しており、生体的にも機械的にも生きているようには見えない。


「あの難破船で会った? あなたと彼の間にはどんな因縁が?」

「彼は一度死んだはずだったけど、サイボーグとなって蘇った。まだ生きているかもしれない。後続の部隊に回収してもらおう」


 二人はダイスを放置して、さらに先に進む。

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