潜入任務 6

 A・ファーレンハイトはA・パスカルと男子トイレに入った。彼女はすぐに個室に向かったが、銃を捨てる前にトイレの外が騒がしくなる。何が起きているのか気になった彼女は銃を隠し持ったまま、外の様子を窺いに行った。

 同時に動こうとしていたパスカルを彼女は片手で制し、入口から半身を乗り出して廊下を見る。


 廊下では黒髪を赤と青の二色に染めた紫色のドレスの女性が、二頭の巨大な犬と二人の警備員を引き連れて堂々と歩いていた。

 犬は見た目こそ狼のようだが、その大きさはまるで熊のよう。いや四足歩行の状態で高さが人の頭と同じくらいあるので、熊よりも大きい。二頭並べば廊下は完全に塞がってしまう。まともな生き物でないことは一目で分かる。

 紫のドレスの女性は邪悪な魂の一員だろうとファーレンハイトは察した。二頭の巨大な犬の正体は不明だが、もしかしたらNAが関係しているのかもしれない。


 カジノの客は怪物の出現に悲鳴を上げて距離を取る。中にはカジノから逃げ出そうとする者までいる。

 危険を感じたファーレンハイトはハンドサインでパスカルを呼ぶ。


「パット!」

「どうした……って、うわっ、何あれ!?」


 呼ばれた彼が廊下を見ると、ちょうど犬が床の臭いを嗅ぎながら女子トイレの中に入ろうとしているところ。

 彼はぎょっとして目を見張る。このままではマスターRとA・バールが見つかってしまう。それだけならまだしも、この化け物みたいな犬が何をするか分からない。


「こりゃまずい!」

「私が援護する。二人を頼む!」


 そう言いながらファーレンハイトはパスカルの背中を強く押した。彼は押し出された勢いのままに廊下を走り、女子トイレに駆けこむ。

 同時にファーレンハイトは男子トイレの入り口から警備員を狙って発砲した。銃弾は的確に二人の警備員の喉元を貫いて即死させる。彼女はさらに三発目で紫のドレスの女性を撃つ。

 一秒にも満たない間の早業だが、最後の一発だけは巨大な犬に阻まれた。犬は銃撃をものともしておらず、怒りの目でファーレンハイトを睨む。

 紫のドレスの女は焦る様子もなく、彼女に人さし指を向けて犬に命じた。


「かかれ!」


 その指示で一頭が勇敢にも被弾を恐れずA・ファーレンハイトに飛びかかる。もう一頭は紫のドレスの女性を庇うように立ち、積極的にしかけてくる気配はない。二頭ともしっかりと役割を教えこまれている。

 ファーレンハイトは怯みを見せず、襲い来る巨大な犬の脇を転げて潜り抜け、すれ違いざまに犬の腹に二発の銃弾を打ち込んだ……が、全く効いていない。

 まともに相手をするのは無理だと悟った彼女は、犬の注意を自分に引きつけながら、応援に駆けつける警備員を優先して片づけることにした。紫のドレスの女を自由にさせないために、適度に銃撃して牽制することも忘れない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る