潜入任務 5

 それから数分後に警備員たちの動きがにわかに慌ただしくなり、何割かが関係者立入禁止エリアへ移動をはじめる。

 小型ジャマーが起動して、立入禁止エリア周辺の電子機器の作動を妨害したのだ。一部の監視カメラや無線通信、センサーなどが機能しなくなるので、カジノ側としては早急に原因を確認しなければならない。


 この隙にマスターRは作業を全て終わらせる。ジャマーは音も光も発しないので、すぐには見つけられないだろうが、早く片づけるに越したことはない。

 彼女は自分たちが注目されていないのを確認して、A・ファーレンハイトの体を盾に監視カメラから逃れ、マスカラに偽装したピッキングツールで筐体を開けた。そして制御盤のコネクタにUSBを差しこむと、すぐに鍵を閉める。

 僅か3秒で全てが終わった。


 マスターRはファーレンハイトの肩に手を置いて告げる。


「これで良し」

「もう良いんですか?」

「ああ。後のことは私のかわいい子供たちがやってくれる」


 彼女の言う子供とは彼女自身が作成したプログラムのことだ。このプログラムは既存のプロテクトをすり抜けて無効化し、電子データを破壊する。


 ――闇カジノは現金を暗号通貨に換金して運用している。ゆえに現金の蓄えは少ない。今回の作戦で狙うのは暗号通貨ではなく、そのネットワーク。

 このカジノではご丁寧に全てのカードのデータを店側が管理している。さらにリアルタイムで現金を暗号通貨に変えているので、頻繁にデータが書き換わる。その全てを参照可能な状態で記録するために、ネットワークと常時接続している。

 プログラムは暗号通貨のネットワークを通じて感染し、全てのネットワークに潜入すると自動でクラッキングを行って、データを使いものにならなくする。

 暗号通貨は「改竄」には強いが、「破壊」には弱い部分がある。銀行強盗は金が欲しいからやるのであって、銀行そのものを破壊したいわけではない。それと同じで、破壊への対策は比較的ゆるいのだ。


 それからすぐにチャージされた暗号通貨がなくなって、スロットマシンからカードが吐き出された。

 結局最後まで当たりは出なかった。監視カメラの目が届きにくいこの場所は、当たる確率が他より低く設定されているのだ。

 A・ファーレンハイトとマスターRは自然にスロットマシンから離れて、A・パスカルと合流する。

 彼はほどほどに勝ち負けを繰り返し、トータルで小さな勝ちを積み重ねていた。戻ってきたマスターRに彼は成果を尋ねる。


「どうでした?」

「全然ダメ、すっからかん」

「あー、残念。それじゃ俺もそろそろ勝負に出ようかな」


 パスカルは全額をチップに変えて賭ける。その行動はゲームを見ていた全員を驚かせたが、それだけで終わった。

 彼はあっさり負けて全額を失い、これをきっかけに全員撤退する。その前に余分な荷物を処理しに一度トイレへ。

 マスターRは通信機と身分証を、ファーレンハイトは拳銃を捨てなければならない。

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