潜入任務 7
A・ファーレンハイトは怪物の様な犬を相手にしても冷静さを失わない。こういう場面を想定して、彼女は訓練を繰り返してきたのだ。マスターAやA・ルクスと対峙した経験が活きている。その二人と比較すれば、まだ巨大な犬の動きは常識的だ。図体の大きさ相応に、小回りが利かず鈍い部分もある。
ファーレンハイトは巨大な犬の動きを紙一重で避け、姿を見せた警備員を片っ端から的確にしとめていく。まるで背中にも目があるよう。
彼女が独り大立ち回りを演じている間に、A・パスカルは女子トイレからマスターRとA・バールを連れ出した。そしてファーレンハイトを援護するために、警備員の死体から拳銃を奪って紫のドレスの女を集中攻撃する。
三人とも純粋な戦闘員ではないが、それなりの訓練を受けている。銃の扱いも慣れたものだ。
「くっ、戻れ!」
いかに巨大な犬でも一頭では守れる範囲に限度がある。形勢不利を悟った紫のドレスの女は、もう一頭も呼び戻して自分を守らせ距離を取った。
その隙にファーレンハイトは三人と合流して、急いでカジノから出る。
緊急事態に備えてカジノの外では組織の仲間がピックアップトラックを用意して待機している。4人が荷台に飛び乗ると、トラックはすぐに発進した。
もう日が暮れている。派手なネオンを輝かせていたカジノとは対照的に、夜の街は不気味なほどに静かで真っ暗だ。激しい銃撃戦の上に怪物が現れるという大騒動にもかかわらず、パトカーのサイレンも聞こえない。
涼しい夜風を切って、車は街を駆け抜ける。荷台の上でマスターRは乱れた呼吸を整え、反省の言葉を漏らす。
「ちょっと悠長すぎたかな。簡単な任務のはずだったんだけど。それにしてもあの化け物は何だったんだ……って、おいおい冗談だろう?」
安堵も束の間、二頭の巨大な犬が猛然とトラックを追走してくる。
マスターRはリアガラスを叩いて運転席のエージェントに呼びかけた。
「後ろから来てる! もっと速く! 追いつかれるぞ!」
だが、トラックがフルスロットルで速度を上げても、巨大な犬を突き放すどころか逆に距離を縮められる。追いつかれるのは時間の問題だ。
パスカルとバールも目を剥いて驚く。
「マジかよ!」
「嘘でしょ!?」
一方でA・ファーレンハイトは一度深呼吸をして、バールに言った。
「バール、銃を貸して」
マスターTの任務に同行した経験から、彼女は多少のことでは動じなくなっている。これも成長というのかと彼女は悟ったような気分になっていた。
「弾切れ? はい。でも、あれに銃は……」
バールは素直に銃を差し出しつつも、巨大な犬に銃撃が有効なのか心配していたが、ファーレンハイトは構わず銃を受け取って狙いを定める。整備された路上なのは幸いだ。これが未整備道路なら揺れで狙いをつけるどころではない。
撃つのは目玉。巨大な犬が頭を激しく上下させて疾走する、そのリズムにタイミングを合わせて撃つ。
彼女が発射した弾丸は先行していた一頭の右目を正確に撃ち抜き、怯ませて追走を諦めさせた。
同じ調子でもう一頭も片づける。彼女はたったの二発で巨大な犬を撃退した。
追走者が消えて4人は改めて息をつき、脱力する。
バールは感心してファーレンハイトに言う。
「ファーが味方で本当に良かったと思うわけ」
「どういたしまして」
それから一行は変装を繰り返してJ国から脱出する。
ファーレンハイトは自分の腕が衰えていないことと、まだ自分が任務で役に立てることに大きな自信を得ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます