臨時マスター会議 4
臨時会議が終わり、マスターTとA・ファーレンハイトはともにマスターTの部屋に戻る。
お互いに席に着いてから、ファーレンハイトはマスターTに会議中ずっと気にしていたことを質問した。
「私があの場にいて良かったんでしょうか?」
「いつかは君もマスターになるんだから、あのくらいで動揺してはいけないよ」
心なしか彼の声は沈んでいた。
いったい何が原因だろうとファーレンハイトは謎に思うも、元から秘密の多い人なので考えてもしかたないと割りきり、次の質問をする。
「マスターEはマスターMと、どんな因縁があるんでしょうか?」
「……分からない。裏切り者は許せないということじゃないかな?」
「あの恐ろしい殺気はそんな理由で片づけられるものではないと思いますが……」
血も凍るようなマスターEの殺気を思い返して、彼女は体が震えそうになる。
しかし、マスターTは苦笑いして全く恐怖心や危機感のない反応を見せた。
「ハハハ、殺気って……漫画じゃあるまいし」
「マスターTはマスターEの様子から何も感じませんでしたか?」
「え? 凄く怒ってたってことぐらいは分かったけど……」
やっぱり彼は素人だとファーレンハイトは落胆して肩を落とし、この話を引っ張っても無意味だと見切りをつけて、次の話題に移ることにした。
「もう結構です。それではマスターRの言うNA……とは何のことですか?」
「Nitric Acid――硝酸のことだよ」
冗談のつもりなのかと顔をしかめる彼女に、マスターTは先までとは打って変わった真剣な態度で続ける。
「硝酸の化学式はHNO3、これはある組織を表す暗号なんだ」
「それは……?」
「OverNational OverHuman Organization――超国家的超人機構。20年前に多国間の協調によって設立された研究機関だ。一般的には
「OvernationalではなくSupranationalでは?」
「イニシャルのゴロ合わせもあるけど、Supranationalだと国家を超えた権威というイメージが強くて。そういう拒否感を起こさないようにという配慮もあった」
「では、Overhumanとは?」
「ニーチェの言うユーバーメンシュだよ。あらゆる世俗的なものから解放された者たち。世界中の優秀な頭脳を集めたNAは、新しい世界を切り開く希望になるはずだった……」
20年前、まだファーレンハイトは生まれてもいない。そして彼女は幼いころに紛争孤児になった。あれから今まで世界が良い方向に変わった感覚は全くない。
「失敗したのですね」
マスターTは無言で深く頷いた。
「設立から6年後、今から14年前、NAは暴走して解体させられた。そのせいで各国は再び相互不信に陥った。今でもまだ立ち直れていない」
「暴走とは……何の研究をしていたんですか?」
「何というわけじゃない。全ての分野で禁忌を取り払った先進的な研究が行われた。そのせいで暴走したようなものなんだけど……」
「人間のクローンとか遺伝子改良とか、倫理や宗教のタブーに触れるものでしょうか?」
「それも含めてあらゆる禁忌を犯した……と言われている。兵器に応用できるような技術の研究も進められていた。だから元NAの研究者は危険視されているんだ」
人間を超えた力を持つマスターAに、裏切り者のマスターMと、先進技術を持ったNAの研究者を迎えた邪悪な魂。これらを相手に本当に黒い炎は戦えるのかと、ファーレンハイトは恐ろしくなった。
マスターFが言うように、大国であるA国の手を借りるべきではないかと弱気にもなる。逆にどうして事情を知っていそうなマスターDがあそこまで強気になれるのか分からない。
ファーレンハイトは自信を失いつつある自分の弱い心が恨めしかった。
もし彼女が下級エージェントのままだったなら、こうした情報に触れることもなく、任務は任務だと割り切って命じられたことをするだけで良かった。
マスターになるということは自分の判断に責任を負うということでもある。
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