勧誘 3

 しんと場内が静まり返る。

 誰もがターゲットを見つめて動かない。まるで時が止まったかのよう。


 ターゲットが破壊されては勝負は続行できないと、マスターIは半笑いの困り顔でため息をついて、A・ファーレンハイトに告げた。


「これじゃどうしようもない。今回は引き分けってことで」


 そのまま彼は射撃訓練場から出ていく。

 結末を見届けたギャラリーも熱を失って散っていった。

 残ったのはマスターTとA・ファーレンハイトとA・バールの3人だけ。


 A・ファーレンハイトはマスターTに謝罪する。


「すみません、マスターT」

「バールくんから聞いたよ。負けたらマスターIにつく条件だったんだって?」

「いえ、それは……。すみません、勝手なことをしました」


 絶対に負けないと思っていたとはいえ、マスターTの機転がなければ本当に負けるところだった。異動を容認していたと誤解されてもしかたがない。

 マスターTは寂しげに言った。


「私の下では不満だという気持ちは分かる。今のままでは飼い殺しも同然だ。マスターIの下で働く方が君のためになるかもしれない」

「そんなつもりはありません!」


 ファーレンハイトがきっぱり断言すると、彼は驚き言葉を詰まらせる。


「あっ……ない? ないの?」

「全く不満がないわけではありませんが、今は……」

「今は?」


 そこから先をファーレンハイトは言えなかった。マスターTの下を離れたくないという思いは確かにあるが、それが何なのかを自分の中で整理できていない。

 もっと彼のことを知りたい、もっと真実に近づきたい。その気持ちの正体は分からないけれども。しかし、そんな思いを包み隠さず打ち明けても、面倒な奴と思われるだけ。あまりしつこいようだと彼は自分を突き放そうとするだろう。

 それが分からない彼女ではなかった。


 マスターTはとりあえず無難な慰めを言って場を収める。


「まあその気がないなら良いけど、異動を希望するなら言ってほしい。できることはするから」

「はい……」


 ファーレンハイトは小さく頷く。

 そんな二人の様子をA・バールは冷めた目で見ていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る