勧誘 2

 終業後の射撃訓練場には人が全くいない。

 この方が雑音が入らなくて良いと、A・ファーレンハイトは小さく息をついて集中力を高めた。そして迷わず、使い慣れた10mmのオートマの拳銃を手にする。

 対してマスターIは銃を取らずに、厚い木製の円形ターゲットとそれを固定する土台を探し出して、レーンの上に置いた。彼はルールの説明をはじめる。


「ルールは簡単。10m先からこのターゲットを交互に狙って、この直径5cmほどの赤い中心部分を方の負けだ。得物は自由。先手後手に関係なく、外したらその時点で負け」

「簡単すぎませんか?」

「ハンデとして俺は銃を使わない」


 そう言いながら彼はターゲットから離れ、振り向きざまに指の長さほどの小さなダーツを投げた。

 ダーツは放物線を描いて赤く塗られた中心部の真ん中に命中する。

 ファーレンハイトは対抗心を燃やし、すぐさま銃弾をダーツに重ねるように当ててダーツを粉砕した。

 銃弾は深々と木製のターゲットに突き刺さる。


「なかなかやるね。それじゃあ俺も少しずつ本気を出していこうか」


 マスターIは刃渡り15cmほどのサバイバルナイフを懐から取り出すと、真っすぐ投げて弾痕の上に突き立てる。

 それからは同じ事の繰り返し。

 A・ファーレンハイトは銃弾をマスターIはナイフを、交互にターゲットの赤い部分に当てていく。


 3巡目の段階で早くもファーレンハイトはこのままでは自分が不利になっていくのではないかと気づいた。彼女が発射した銃弾はターゲットに深く食いこむが、マスターIの投げたナイフはその上に刺さって残り続ける。

 彼の投擲は正確で、ナイフをmm単位の精度で隙間なくターゲットに刺していく。どちらもミスをしない前提でいけば、ターゲットの中心部分はナイフで埋め尽くされてファーレンハイトは絶対に勝てなくなる。


 二人の名勝負にいつの間にか、まばらながらギャラリーが集まってきた。

 ファーレンハイトは焦りを感じはじめる。まるで勝負の結果を見届ける証人のようだと。


 ナイフとナイフの間に銃弾が通れるだけの空間ができれば、彼女は負けなしの状況を作れるのだが、マスターIの投擲にはミスがなく、ほんのわずかな隙も見せてくれない。

 赤い中心部に整然とナイフが並べられていく。

 A・ファーレンハイトはポーカーフェイスで心の焦りを隠したが、マスターIは一投ごとに彼女を敗北へと追いこむ実感から余裕の笑みを浮かべた。


 勝負の途中でマスターTが射撃訓練場に現れる。彼はA・バールに事情を聞くと、そのままギャラリーに混じった。

 その様子を横目で見ていたファーレンハイトは負けられないという思いを強くしたが、決意も虚しくじわじわと追い詰められていき、数分後にはもう的の中心部分に彼女が銃弾を当てられる部分はなくなってしまった。


 ギャラリーがどよめきはじめる。

 なかなか射撃をはじめないファーレンハイトに、マスターIはささやいた。


「降参かな? 君はよくやったよ」


 負けず嫌いの彼女も打つ手がなく諦めかけていた、その時だった。


「ファーレンハイトくん、これを」


 マスターTが大口径の対物ライフルを抱えて、彼女に歩み寄る。

 困惑しながらも、それを受け取るファーレンハイト。

 マスターIは慌ててマスターTに詰め寄り文句をつけた。


「おい、余計なことをするんじゃない! これは俺と彼女の真剣勝負だぞ!」


 二人をよそにA・ファーレンハイトは無言で対物ライフルを台に設置して、射撃体勢に入る。

 そっと両耳を塞ぐマスターTに、マスターIは怒りを増幅させた。


「聞く耳は持たないってか!!」


 彼が怒鳴ると同時にファーレンハイトが射撃し、サイレンサーでも抑えきれない銃声が響く。

 銃弾はナイフの塊を押し退けて飛び散らせ、ターゲットの真ん中を貫通した。

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