覚悟を決めて

狩人の心 1

 A・ファーレンハイトがマスターTの下に配属されて、およそ一か月半。

 マスターTとA・ファーレンハイトの二人は再び任務で、数人のエージェントとともにE国の人里離れた山林に来ていた。


 内容は最初の任務と同じということで、ファーレンハイトは雪辱を期していたが、今回も部下を連れて同行していたA・ジュールに釘を刺された。


「A・ファーレンハイト、今回も私たちの役目はターゲットを追いこむだけだ。それ以上のことはしない」


 彼女は前回と同じくA・ジュールについてターゲットを追い立て、マスターTの元へと誘導するだけ。しかし、前回とは違って拳銃ではなくリボルバーのショットガンとスラグ弾を渡される。

 護身用としては大げさだが、今回のターゲットも前回と同じような怪物ならば、このくらいでなくては身を守れない。


「本当にそれで良いんですか?」


 彼女の問いかけに、ジュールは真顔で答えた。


「良いも悪いもない、それが任務だ。君は割り切れないのか? ……まあしかたないのかもな、君はマスター候補だ。他のエージェントたちと同じ扱いで、言われるがままではつまらない気持ちも分かる。だが、今は私の指示に従ってもらう。私はマスターTから君を預かっている。危険な目には遭わせられない」


 ファーレンハイトは不満だったが、マスターBの言葉を思い出して逸る心を抑えた。前回のように想定外の事態を引き起こして、またA・ジュールに庇われるわけにもいかない。「いつもどおり」で無難に任務が終わるなら、それに越したことはないのだ。



 A・ジュールはグラスのレーダー画像を見ながら、通信機能で他のエージェントと連絡を取り合う。


「これから接敵する。抜けられるなよ」


 彼はそう言うと足音を殺してターゲットのいる方向に向かっていった。

 A・ファーレンハイトもできるだけ音を立てないように彼に続く。


 数分歩いたところで、二人は服を着た二足歩行の獣を発見した。距離は50m弱。相手がこちらに気づいていないので、二人は近くの木陰に身を隠して観察する。

 前回のことを思い出したファーレンハイトは何度もゆっくりと息をして、心の高ぶりを抑えた。相手は前回と同種の個体に見えるが、はっきりしたことは彼女には分からない。


 その時、A・ジュールが手招きでファーレンハイトの注意を引いて呼びかける。


「あれは何だと思う?」

「……分かりません」


 ターゲットを指して問うジュールに、ファーレンハイトは首を横に振るしかなかった。過去に何度も同様の任務をこなしているはずの彼にも分からないものが、彼女に分かるわけがない。


「私も色々おかしいとは思っている。なぜマスターTはあんなわけの分からないものを、自分の手で始末することに拘るのか? どういう経緯で彼にそんな任務が与えられるのか? だが、いくら考えたってしょうがない」


 彼も彼なりに思うところはあるが、任務に集中するために気にしないようにしているのだ。小さくため息をついた彼はファーレンハイトに指示する。


「A・ファーレンハイト、今回は君に任せよう。ギリギリ相手に当てないように、ビビらせて追いこむんだ。私はサポートに回る」

「はい」


 返事をしたファーレンハイトは、慎重にショットガンを構えて撃った。スラッグ弾がターゲットの足元の地面をえぐり、ばらばらと落ち葉と土をはね散らす。

 大きな発砲音と銃弾が近くに着弾したことに、ターゲットは驚いて逃げ出した。

 その後をファーレンハイトが一定の距離を保って射撃しながら追い、さらにその少し後にジュールが続く。


「見失うなよ! 左だ、左側を撃って右方向に追い込め」


 彼の指示に従い、ファーレンハイトはターゲットを誘導する。

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