邪悪な魂 2
星のない深夜、マスターTとA・ファーレンハイト、そしてA・ノットの三人を乗せた半潜水艇が、静まり返った真っ黒な夜の海を進む。
かつてなら偵察衛星に捕捉されるような行動だが、今の世界にそんなものはない。平和な時代が終わると同時にほとんど撃ち落とされ、衛星軌道上はスペースデブリだらけ。
さらには混乱が落ち着いた後に、領空の概念が宇宙空間まで広がった。要するに衛星だろうが何だろうが、自国の上を通過することは許さないというのである。
資源不足もあって新たな人工衛星を打ち上げるのは難しくなっている。
◇
I国の海岸に近づいたボートは夜の闇にまぎれて誰にも見つかることなく、ゆっくりと浮上して座礁した巨大な輸送船に取りついた。
マスターTはボートから岩礁に飛び降りて、よたよたと小高い岩山によじ登り、傾いた船の甲板に飛び移る。
A・ファーレンハイトもグラスを装着して、暗視機能で周囲の安全を確認しながら彼の後に続く。
「よし、誰もいないみたいだな。ファーレンハイトくん、船の中を見て回ろう」
「はい。マスターT、私が先行しましょうか?」
「大丈夫?」
「これでも十分な訓練を積んできたつもりです」
「分かった。私は後方を警戒しよう」
二人は頷き合って、船倉に向かった。
ファーレンハイトが先を選んだのは、マスターTが今一つ頼りなかったためだ。
足場が悪い岩礁とはいえ、移動にもたついていた彼の姿を見て、これではダメだと彼女は思った。はっきり言って訓練生よりも劣って見える。
船内でもファーレンハイトはその思いを強める。
彼女が速やかにクリアリングしながら通路を進む一方で、マスターTはまるで怯えているかのように何度も後方を振り返って、非効率な安全確認を繰り返した。これでは潜入任務の経験が少ないどころか、まともに訓練を受けていないズブの素人。
それでも何ごともなく船倉に着いた二人は、広い空間にぎっしりと積まれた5tコンテナを発見した。二人は中身を一つ一つ確認して回ることにする。
「私が鍵を外そう」
マスターTが手袋をした右手でコンテナの南京錠をガチャガチャいじっていると、あっさりロックが外れる。
二人でコンテナの扉を開けると、中には木箱が詰めこまれていた。
ファーレンハイトはフタを開けて中身をあらためる。
「これは……銃器ですね。見たことのない型のものです。密造銃でしょうか?」
「とにかく写真を撮って、サンプルに一丁持って帰ろう」
A・ファーレンハイトはマスターTの指示に従い、グラスの映像保存機能で証拠写真を撮ると、サブマシンガンのような見た目の銃を一丁だけ手に取った。
「軽い。これは……オモチャ?」
質感はプラスチックに似ている。継ぎ目や凹凸の少ない奇妙な作りは、分解されることを想定していないようだ。とても実銃とは思えないチープさに、彼女は首を捻る。
近くの別のコンテナにも銃器が収められていたが、どれも既存の銃とは異なる。
しかし、マスターTは深刻な面持ちをしていた。
「これは電子銃、こっちは小型レールガン、そしてディスチャージャー」
彼のつぶやきを聞いたファーレンハイトは、ぎょっとして尋ねる。
「分かるんですか?」
「……こいつはシャレにならないぞ。他のコンテナも全部開けて見よう」
その他のコンテナには銃弾らしきもの、榴弾らしきもの、防弾ベストらしきもの、プロテクターらしきもの、そして用途のよく分からないカートリッジのような金属部品があった。
「歩兵用の装備でしょうか?」
「どこに売りこむつもりだったんだか」
マスターTの吐き捨てるような言い方に、これらの兵器の真価をよく分かっていないファーレンハイトは疑問を持つ。
この程度の装備ならば、武器貿易条約に違反しない可能性が高いと彼女は考えていた。もちろん非合法組織が勝手に武器を売買するのは問題だが、国が仲介すれば誰も咎めない。
おそらく邪悪な魂も、そのくらいの工作はしている。
黒い炎だって売る相手こそ選んでいるが、似たようなことをしているのだ。
マスターTは決意して言う。
「とにかく海に沈めてしまおう。ファーレンハイトくん、先にボートに戻っててくれ」
船ごと積荷を処分することにはファーレンハイトも異論はなかったが、先に帰れという指示は不可解だった。
「爆破するのですか?」
「おあつらえ向きに、ここには爆弾もあることだし」
「……大丈夫ですか?」
「まあ、どうとでもなるって」
彼女はマスターTに爆弾が上手く扱えるとは全く思えなかった。
任務に出かける前もそうだったが、マスターTは何ごとも「どうとでもなる」と考えている節がある。
その自信はどこから来るのか、不安を通り越して不気味だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます