邪悪な魂 1

 邪悪な魂は大国の一つであるE国に拠点を持つ小規模な犯罪組織だった。

 創始者はE国の国民ではなく外国からの流れ者だと言われるが、本当のところはよく分かっていない。実は昔かたぎのマフィアの生き残りだという話もある。

 シンボルカラーは紫。自ら邪悪を名乗るだけあって、およそ考えられる全ての悪事に手を染めてきた。

 それでも今日まで組織が潰されずに残ってきたのは、裏でE国の多くの集団と繋がって、合法的に解決することが難しい問題を当事者たちに代わって片づけてきたからという。いわゆる必要悪として生かされているのだ。

 しかし、最近はE国外での活動が大っぴらになってきている。その魔手は小国ばかりか他の大国にまで及んでおり、明らかにE国でも庇い切れないほどに……。



 A・ファーレンハイトがマスターTの下に配属されて一か月が経とうというころ、新たな任務が舞いこんできた。

 マスターTは彼女に任務の内容を伝える。


「I国の海岸に難破船が漂着したらしい。マスターRの分析によると、それがどうも邪悪な魂の密輸船のようなんだ。I国は小国の上に政情が不安定で、邪悪な魂の揺さぶりに屈するかもしれない。私たちは連中より先に、船の積み荷を調べる必要がある」

「……それはつまりI国には無許可で、難破船に侵入するということですか?」

「そうなるな。連中も手段を選ばないだろうから、いちいち許可を取っている暇はない。戦闘になる可能性もある。心してくれ」


 果たしてマスターTは適任なのかと、ファーレンハイトは疑った。

 彼は不思議な技を持っているが、まともに潜入任務をこなせるかどうかとは別問題だ。


「他のマスターやエージェントと共同の任務でしょうか?」

「いや、急ぎだから今回は私たちだけでやる。他の人たちは都合がつかないらしい」


 ファーレンハイトは露骨に不安がった。顔に出すつもりはなかったが、自然に出てしまっていた。

 そんな彼女を見てマスターTは怪訝な顔で尋ねる。


「何か問題があるかな……?」

「マスターTはこのような任務の経験は豊富ですか?」

「豊富ではないけれど、まあどうとでもなるよ」


 楽観的すぎはしないか、それとも本当はかなりの実力者なのか、ファーレンハイトは困惑する。

 マスターTは彼女を安心させるために、一つの事実を伝えた。


「難破船には潜水ボートで近づくんだけど、運転するのは免許を持ってるエージェントだから安心してくれ。そこはちゃんと人手を借りられたから」


 そういう問題じゃないのにと、ファーレンハイトは少し困った顔をした。

 マスターTはますます彼女を心配して言う。


「何か都合が悪いとか、体調が優れないなら、私一人でやるよ」

「いえ、そんなことはありません。大丈夫です」


 明後日の方向の優しさが、いっそう彼女の不安を煽るのだった。

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