初めての任務 1

 A・ファーレンハイトがマスターTの下に配属されて二週間と少し。ようやくマスターTが任務に出かけることになった。

 当然A・ファーレンハイトも彼に同行する。


「少し遠出になるよ。場所はE国だ」

「ターゲットは誰ですか?」

「誰ってことはない。害獣の駆除みたいなものだ……」


 感情を抑えたマスターTの言い方にファーレンハイトは寒気を感じた。

 これまで彼女はテロリストや犯罪組織、時には軍隊も相手にしてきたが、人を害獣呼ばわりしたことはない。どんなに悪事を働いていようと、人は人と認識していた。

 それなのにマスターTの発言には敵意も憎しみも感じられない。

 もしかしたら彼の中では「敵」は人に数えられておらず、ゆえに「殺し」という感覚もないのかもしれない……。

 そう考えたファーレンハイトは、とんでもない人の下につかされたのではと恐怖した。



 今回の任務にはマスターTとA・ファーレンハイトの他に、一人の男性の上級エージェントと三人の下級エージェントが同行する。

 ――この言い方は正しくないかもしれない。いつもはマスターTと数人のエージェントで行う任務に、ファーレンハイトが同行するのだ。

 一人の上級エージェントはA・ジュール、彼はマスターDの部下で戦闘任務では班長になることが多い。

 三人の下級エージェントはともにジュールの部下。

 いずれも実力は折り紙つきだ。

 それぞれ戦闘服の上にコートやジャケットを着た一行は、A・ジュールが運転する黒いワゴン車で国境を越えてE国に入る。

 この任務はE国政府の了解の下に行われるものなので、検問も問題なく通過した。



 長いドライブの末に着いたのは、広大な針葉樹林。

 すでに地元の警察によって人払いはすませてあり、姿を見られる心配はない。

 全員動きやすいように上着は脱いで車内に置き、情報端末が内蔵されているグラスを装着する。

 今日は雲が多くて肌寒い天気だが、着用している戦闘服は寒冷地仕様なので活動に支障はない。


 車から降りたマスターTは、まずA・ファーレンハイトに話しかけた。


「ファーレンハイトくん」

「はい」

「君はジュールくんといっしょにターゲットを追い込んでくれ。トドメは私が刺す。くれぐれも慎重に、決して一人で突出しないように」


 そう言うと彼は何も持たず、単独で針葉樹林の中に入っていく。

 三人の下級エージェントのうち、一人は車に残って留守番。残りの二人はアサルトライフルを持って、マスターTやA・ジュールとは別行動でターゲットを追い込む。

 A・ジュールもアサルトライフルを持っていくが、ファーレンハイトには10mmのオートマの拳銃しか渡されなかった。


「あのっ!」

「そいつは護身用、最初は見学だ。遅れないようについてこい」


 彼女は不満を抑えて、アサルトライフルを背負うジュールの後について走る。


 天候のせいか昼間なのに林の中は薄暗い。

 道なき道を歩きながらファーレンハイトはジュールに尋ねる。


「A・ジュール、マスターTのターゲットとは何なんですか?」

「マスターTから聞いていないのか? 何……と聞かれても困る。私たちは何度もマスターTの任務に同行しているが、ターゲットの正体に関して詳しい話は教えられていない。逃亡者ということしか……」

「ターゲットは人なんですよね?」

「さあ、どうだろう? 私たちは発信機のついた奴を追うだけだ」


 はっきりしない言い方を彼女は不審に思った。

 A・ジュールはグラスに映るレーダー画像を見ながら、通信機能で部下の下級エージェントと連絡を取る。


「こちらA・ジュール、間もなく接敵する。ターゲットを南側に追いこむ。包囲を抜けられるなよ」


 それを聞いたファーレンハイトは緊張して拳銃に手をかけたが、ジュールは彼女に忠告する。


「A・ファーレンハイト、言っただろう? 最初は見学だ」


 自分の実力を信用してもらえていないのかと彼女は不満を募らせたが、ここは素直に従って拳銃をホルスターに収めた。

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