第2話 霊的ロボトミー
『霊性遺伝実験録』抜粋
――榊貞雄
序文
「霊の生活は血の中にあり」と旧約聖書にあるが、血の中には恐らくある種の神秘が潜んでいる。しかしそれは一切の聖餐礼が不可解であるやうに、私たちの智恵や判断ではとても解釈のできないものである。
――映畫『血と霊』より
昨今の医学界には、西洋から渡来した唯物論なる思想が蔓延している。その怒涛の勢いは止まる所を知らず
しかし、かように極端な一元論は全くもって見当違いの
(略)
「脳髄は物を考える処に非ず」とは、かの誉高き医学博士の言である。ではこの皺苦茶な
しかしそれは真の狂気とは程遠い代物と云えよう。皮肉なことに、精神病患者は正気を失ったが故にわれ
わたしは実験の過程で、偶然にも上述の事実を発見した。肉体と精神が人為的に繋ぎ合わされたものであれば、両者の分割も理論上は可能な筈である。
ヒトは原罪を清算せねば
(略)
患者番号二二一八、
次にわれわれは切り離された泰道の精神体との接触・対話にも成功した。しかし、彼の精神は次第に錯綜し始め、「嗚呼、恐ろしい、恐ろしいぞ」「醜い、醜く過ぎる」と頻りに連呼し続け、遂には意味不明な言語を喚くばかりとなった。
それと前後して、院内で原因不明の怪死が相次いだ。その死体は一様に白目を剥き、何か恐ろしいものでも目撃したかのように
勿論これは仮説の域を出ない話だが、独立した精神体は、この世界に順応できずそのカタチを保てなくなり、やがて彼らが元来いた場所、肉体と結合する以前にいた何処かへと戻ってしまわれたのではなかろうか。今度とも更なる研究が求められる。
(略)
肉体と精神の分離に成功したわれわれは、早速新たな実験に着手した。心身の分離が可能ならば、再度の結合、謂わば〝再受肉〟もまた可能な筈である。抽出した精神を他者の肉体の中に定着させるのだ。
しかし、この目論見は悉く失敗に終わった。他人同士の肉体と精神が拒否反応を起こし、精神が崩壊してしまうのである。
そこでわたしは観点をガラリと改めた。何者かが設計した、ヒトをヒトたらしめる驚異の性質を利用することにした。ヒトにかけられた呪いを子々孫々に継承せしめ、未来永劫にかけて全人類を肉体に閉じ込め続ける自己複製
術式の絡繰は至って単純である。先ず、体軀から分離させた精神を遺伝情報に組み込み、次世代に遺伝子発現させる。子孫の細胞に宿った霊能の種は、細胞分裂とともに
われわれはこの輪廻転生の如き方術を〈霊性遺伝〉と呼んだ。精神意識や記憶といった元来は遺伝し得ない後天的な獲得形質さえ後世に残すことができる唯一の方法である。これぞまさに「先祖がえり」……究極の隔世遺伝と云えよう。
勿論〈霊性遺伝〉は
既存の科学は何者かが規定した物理法則の壁を超えられず、何世紀にもわたって足踏みを強いられてきた。われわれがその分厚くも薄い皮膜を突き破ったとき、科学は限りなく
この実験が成功すれば、ヒトは死を克服し、永遠に生き続けられるであろう。
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