プラマイゼロ
城崎
話
「お前のことはさぁ、2番目に気になってたんだよ」
彼は突然、そんなことを口にした。彼から始まる脈略のない会話には慣れている。佐久間博光という男は、そういうことを頻繁にする人だ。
それよりも、2番目にという言葉が、心にチクリと傷を付けてくる。生まれも2番目だ。1番目になることはそうそうないのかもしれないといういつもの自虐が、頭を過る。嫌な思考だ。他人事のように思うまでが一連の流れ。
「1番目に気になってたのは、誰だったんですか?」
「お前らの学年の新入生代表だったやつ。なんだっけか、名前」
「進藤茜さんですね」
「女みたいな名前だな」
「女の子ですよ」
「へぇ? そうなんだ」
「……本当に、気になってたんですか?」
名前どころか性別も覚えていないだなんて。きっと、顔も覚えていないのだろう。それは果たして、気になったと言えるのだろうか。またお得意の適当な戯言を聞かされているのだろうかと思い、先程抱いた真剣な劣等感がバカらしく思えてきた。
「気にはなったよ、本当に。最初の全校集会かなにかの挨拶で、彼女が良い挨拶をしたって、クラスの大半が言ってたから」
「言ってたってことは、先輩自身は聞いてなかったんですね?」
「多分休んでたんだろうな。春眠暁を覚えずって言うだろ?」
「ノーコメントでお願いします」
「なんだよ、突っ込めよ」
突っ込む気力も出てこない。
「話の続きをどうぞ」
「怒ってる?」
彼は首を傾げ、こちらの顔色を伺うように覗き込んでくる。目線が合った途端に、ケラケラと声を上げながら笑い始めた。煽ってるなぁと、頭の片隅で思う。
「怒ってはないです」
「イラついてる?」
「少し」
「ここからの話はお前を延々と持ち上げ続けるから安心しろ」
彼はニィッと口元に笑みを浮かべながら、続けて口を開いた。
「それから重い身体をなんとか起こして学校に登校して、最初に見た新入生が多分お前だったんだよ」
「絶対嘘だ」
「最初に『ああこの子は新入生だろうな』と思ってすれ違った人間はお前、とまで言わないとダメなの?」
「なんで分かったんです?」
「制服に着られてたから」
「俺を上げるつもりなんて、毛頭ないでしょう?」
「ピリピリするなって。話は最後まで聞けよ?」
彼の手が俺の頭をぐちゃぐちゃにする。俺の華奢な手と比べると、随分無骨な手だ。別に彼のようにワックスやら何やらで整えている訳ではないが、かき回されると困惑してしまう。
「んで、お前とすれ違う瞬間にお前がこっちを見上げたんだよ。その目がさぁ、優しそうに見えてなにかを悟っているように見えたから、好きだなぁと思ったわけ」
何度も言われた単語だと言うのに、言われた途端に大きく心臓が高鳴った。手に汗がにじむ。出来るだけ平然な様を装うとするものの、彼には何も隠せないんだ。
「……それで、今に至ると」
「そういうこと。最後の最後に爆上げしたでしょ?」
「最初の言葉で心に傷がついてしまったので、プラマイゼロです」
「厳しい評価だ」
やれやれと肩を竦める彼につられて、ため息が溢れた。まさか同じ瞬間に、同じことを思っていただなんて。
プラマイゼロ 城崎 @kaito8
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