第9話 フツノチカラ
「存在していないとはどういう事だ? 二人とも今ここにいるではないか」
そう話す魔王の表情は固く、勇者の言っている意味がわからずにいる。
二人は確かにいるし、装飾店に行った時も、今いるカフェの店員にもちゃんと接客を受けたばかり。
二人の姿はちゃんと見えている。
存在している。
しかし勇者は存在していないと。
「言い方が悪かったわ。私達は世界から普通の人間として認識されているの。それは私の聖剣の能力で、"フツノチカラ"によるもの。その
ずっと前から・・・・・・」
以前の様な存在とは『魔王』と『勇者』のこと。
「一体どういうものなんだ? 認識されないなんて俺にも出来ない事だぞ?」
「簡単に言えば、断ち切る。そして断ち切っているのは名前と存在」
「名前・・・・・・」
魔王はその言葉であることを思い出した。
口を塞がれた橋での出来事である。
「私があの橋であなたの口を塞いだのはこの
「名前を口にすると失われる――。
口を塞がれたのはそういう訳か」
「ごめんなさい。もっと早くに言えば良かったんだけど、中々言えなくて・・・・・・」
勇者は俯き、隠していた事を謝る。
本来であれば勇者は魔王と戦う存在であり、今日のように行動を共にするなどあってはならない。
「謝る事はない。俺たちの関係を考えての行動なのだろ? それに謎が一つ解けた」
「謎? 何なの、一体?」
「この街に来て気付いた。兵が一人もいない上に、周りの人間が俺を見ても騒がない。ずっと気になっていたが、お前の話を聞いて納得した。気付かれないならその方が都合がいい」
魔王は勇者を責めようとはせず、今の状況を受け入れた。
騒ぎにならないなら、その方がいいと考えたのだ。
魔王らしからぬ考えだが、勇者と恋仲になってからだろうか。
なんというか、毒気がなくなったようだ。
「ありがとう。なんか助けられた感じがする。絶対怒ると思ってた」
「何を言う。俺は滅多な事では怒らんぞ?さっきも言ったが、俺たちの関係をバレないようにしてくれたのだろう? ならば礼を言わねばならないのは俺の方だ。感謝する」
その言葉を聞いた勇者は、目頭が熱くなっていく。
やがて頬を指でなぞられたかのような感触に勇者は頬を触り、魔王は勇者の涙に気付く。
「お、おい!? なぜ泣く!?」
「な、なな! 泣いてなんかないわよっ!? 目にゴミが入っただけよ!」
自分達の関係が、世界にとって禁じられた事だと魔王もわかっていて。
勇者の行動を咎める事もなく、逆に勇者に気を使う。
勇者にとってそれが嬉しかった。
自分だけが背負っている訳ではないと分かった瞬間だった。
と、同時に小さな声で「ごめんね」と謝るのだが、あわてふためく彼には聞こえてはいなかった。
その後、運ばれてきた料理を二人で食べて、若干の昔話をして、会計を済ませて店を出ようとした時だった。
「そうだ」
「なに? 忘れ物?」
「違う。これからお互いなんて呼べばいいんだ?」
「じゃあ名前教えてよ。今日から名前で呼んであげる」
お互い、知らない事もあるし、秘密もある。
世界もまだ、二人の関係には気づいていない。
デートは続く。
まだ一日は終わっていないのだから。
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