2番目の長女

大月クマ

誕生

 わたしは大海原を駆け回りたかった。

 そのために生まれ、育つ予定だったからだ。

 青い海原を思いっきり走りたい!


 “こんごう”お姉様の代わりとして、生を受けたからには……。


 わたしが誕生したときは、盛大にお祝いが行われたそうです。

 久しぶりの誕生であったこともあったのでしょう。

 街はお祭り騒ぎだったそうです。


 でも……。


 わたし達、姉妹は、恵まれることがなかった。

 ワシントン海軍軍縮条約での決めごとで、わたし達は金剛お姉様達の代わりとして、誕生する予定だった。

 だけれど、その後にあったロンドン海軍軍縮会議での決めごとで、わたし達は否定された。


 わたしの名前は、戦艦“駿する


 戦艦“金剛”の代わりとして、誕生するはずだった最強の超弩級戦艦。


 基準排水量三五〇〇〇トン。

 全長二三七メートル。

 最大幅三二メートル。

 四軸のタービン機関は七三〇〇〇馬力を誇り、最大速力二六ノット。

 四五口径四〇センチ三連砲を三基装備。


 それがわたしの本当の姿……いえ、なるはずだった姿。


 今は、呉の港の片隅に浮かぶ、ただの鉄の塊。

 他の姉妹も……。

 すぐ下の妹“常陸ひたち”は横須賀で。三女の“”は神戸。四女の“わり”は長崎で、同じ運命だと聞いています。

 いつ解体されるかも分からないわたし達の運命。

 仕方がないことです。

 ロンドンの決めごとは、人間達が話しあって作った大切なこと。

 ふねでしかないわたしが、どうこう言うことではない事です。

 今は、不景気で世の中が厳しいと聞きます。

 人々を守るために生まれたわたし達が、率先して奉仕する覚悟はあります。


 でも、いつか……。


 いつか、わたしの魂が生まれ変わるのであれば、青い海原を思いっきり走りたい。

 わたしはそう願って、静かに眠りにつきます。


 ………………。

 …………。

 ……。


 わたしを起こすのは、誰?

 どれだけ眠ったのでしょうか?

 二年? 三年? もうどうでもいいか、そんなこと……。

 わたしは、小さな曳舟彼女達にひかれるまま、乾ドックに入りました。

 そうか……ついにわたしにも、解体される時が来たのですね。

 それとも、“土佐とさ”お姉様のように、標的艦実験台になるのかしら?

 わたしに出来るのはなすがまま、解体されるのを待つだけです。


「……せいくうけんかんたいけつせんのため……」


 初めて聞く言葉です。

 艦尾が切断されました。

 本当は後部主砲塔が設置されるはずだった場所が、わたしから無残にも切り離されました。

 残っていた機関が抜かれました。

 まだわたしを作った時に、新調したばかりなので、どこか別の艦艇を動かすのに使うのでしょう。


 でも……何かおかしい。


 解体されるはずなのに、どんどん新しい部品が継ぎ足されていきます。

 真新しい機関が備え付けられ、気が付けは切り離されたはずの艦尾が新しくなって付けられたのです。

 そして、わたしのじょうかんぱんに初めてが取り付けられました。


 主砲塔です。


 紛れもなく、わたしに付けられるはずがなかった、主砲塔が備え付けられました。

 しかも、四基。

 わたしの計画では、三基しか積めなかったはずです。

 だけれど、艦尾を切り離し改良とともに延長工事が行われ、前後二基ずつ。計四基の主砲塔がつきました。

 艦尾に付けられたのは、それだけではありません。

 航空機を打ち出すカタパルトも、クレーンとともに新調されました。なぜか航空機を艦内に格納する設備も付いています。

 どうしてそんなモノが必要なのか? 疑問に思っていると、初めて見るがわたしのドッグにやってきました。


『こんにちは。お姉様。特別なモノをお持ちしましたわ』


 特別なモノ? なんでしょうか?

 あッ! それは!


わたくしの名前は“かし” お姉様達にこれを運ぶのが役目ですわ』


 彼女から下ろされるのは、初めて付けられた主砲塔に添え付けるための、真新しい砲身。


 でも……。


『わたしには少々大きくありませんか?』

『そんなことありませんわ。あら、ひょっとしてご存じない?』

『何のことかしら?』

『お姉様はこれを装備なさいますのよ。今、入渠しているのもそのための改装ですわ』


 自分が何をされているのか、知らなかったなんて……恥ずかしい!


『他のお姉様にも届けなくてはいけないので、失礼しますわ。ごきげんよう』


 他の子? と言うことは、わたしの妹たちにも改装これが施されているという事かしら……。

 解体を待つだけの鉄の塊と思っていたわたしが、生まれ変われるなんて!


 最終的にわたしは……。

 艦尾の拡大工事によって三〇メートル延長され、全長二六七メートル。

 それまで一番大きかった赤城お姉様より少しだけ大きくなりました。

 そして、主砲は当初予定していた四五口径四〇センチ三連砲三基から、四五口径四六センチ連砲四基へと変更。

 それに伴って、副砲であった一五センチ砲がなくなってしまいましたが、まだ誰も装備していない四六センチ砲なんて、何て名誉なこと何でしょう!


 だけれど……。


 艦尾工事と平行して行われた機関の増強工事が、思うように行かないようです。

 予定していた三〇ノットは出せたのですが、不調が続き、思うように動けないでいます。

 機関の調整のために、呉のドッグを出たり入ったり……。

 結局、わたしは海軍への就役が、遅れてしまいました。


 そんなある日。


『あなたが“駿河”? “常陸”だ。よろしく頼む』


 初めて会いました。横須賀で作られた次女の“常陸”が顔を見せたのです。

 彼女の方が、先に海軍へ就役したそうです。

 彼女の助けがあり、わたしの機関の調子はよくなりました。

 そして、彼女に続いて就役することになりました。

 長女であるはずのわたしが、二番目……少し悔しいです。


『あたいは“紀伊”ていうんだ! よろしく!』


『わたしは“尾張”といいます……。精一杯頑張ります。どっ、どうぞよろしくお願いします』


 続々と姉妹達がそろいました。

 どうやら個性的な子達ばかりのようです。


 そして、ついに、その時がやってきました。


 その年の十一月にはわたし達は、行動を開始していました。

 わたしは“尾張”と南西へ。

 “常陸”は“紀伊”と東へと、分かれて作戦に参加しました。

 それまで姉妹一緒に先輩である“なが”や“陸奥むつ”お姉様方に教えを受けて、精進したつもりです。ですが、分かれて行動するのは初めてで、わたしは少し心配になりました。

 悩みすぎると、体調を崩すことがあったので、“常陸”が心配してくれました。

 でも、長女のわたしが、しっかりしないと“尾張”に、迷惑をかけるわけには行きません。


 わたし達は、仏領インドシナの港に碇を降ろしました。

 シンガポールにイギリスの戦艦が来ているという情報があったからです。

 その戦艦のけん制と、マレー半島への上陸作戦の護衛任務が、今回のわたし達の仕事です。

 ですが、イギリスのはシンガポールの防衛に徹するモノと思われていました。だから、秘密の任務に選ばれた“常陸”達には、ちょっと嫉妬していました。

 状況が変わったのは、シンガポール沖でしょうかい中の潜水艦からの情報でした。


『レパルス型戦艦二隻見ユ。位置……』


 情報が正しければ、イギリス艦彼女達はすぐ近くにいることになります。

 天気は曇天で、波も高く、視界も悪い状態なので正確な情報ではないのかも知れません。

 しかし、悪天候の中、第一航空部隊が偵察機を出してくれました。


『大型艦二隻、小型艦四隻見ユ。位置……』


 わたしと“尾張”は、輸送船の護衛を巡洋艦達に任せて、イギリス艦彼女達への進撃を決めました。

 二対二であれば、主砲の威力で、こちらに武運があります。

 問題があるとすれば、わたしの機関ぐらい。

 今日は不調にならないで……。


 時刻は二〇五〇午後八時五〇分

 高い波の陰に、敵一番艦の陰を私の後方についていた“尾張”の見張り員が左舷ひだりげんに捕らえました。

 わたしは、すぐさま観測機を射出して、二艦二人併せて取り舵。

 彼女達の側面に、艦首を向けるように並びました。

 わたしの観測機が照明弾を投下するまで、イギリス艦は気づいていないようです。

 ですが、後方の敵二番艦が発砲してきました。


『敵二番艦を先に叩きましょう!』

『分かりました。お姉様!』


 敵二番艦は、発砲する光から見て、最新鋭の“プリンス・オブ・ウェールズ”と見て間違いはないでしょう。と言うことは、前方の一番艦は“レパルス”ということになります。

 敵第二射、二人とも被弾無し。


『距離、方位、敵速、自速、現在地……確認!』


 ようやくわたし達は、砲撃準備が整いました。

 敵第三射、二人とも被弾無し。


『撃てぇー!』

『当たって!』


 初弾命中なんて夢だと、言われましたが、その時、奇跡が起きたようです。

 わたしと“尾張”はそれぞれ、艦首と艦尾に一発ずつ。

 相手もその間に第四射。

 わたしの周りに降りそそぎ、第一砲塔に直撃! しかし、わたしは改造されたときに、砲塔の装甲は四六センチ砲弾に対応しています。

 彼女プリンス・オブ・ウェールズの砲弾をはじき返すことは容易たやすいことです。

 彼女の方は、わたし達の攻撃に耐えきれず、船足が止まってしまいました。

 一喜一憂している暇はありません! まだ、ひとり残っています。


『次、敵一番艦!』

『はい!』


 敵一番艦レパルスの後方から回り込むように、二人で追い込みました。

 さすがに奇跡は二度も訪れないようです。

 計、一〇斉射以上して、ようやく彼女を仕留めることに成功しました。

 これ以上の戦いは無用です。

 イギリスの駆逐艦達には、人員の救助を優先させるように、攻撃しない旨を伝えてふたりでその場を去りました。


 その後、東に向かった“常陸”と“紀伊”からは、秘密作戦の成功の旨が届きました。

 これが、わたし達、金剛型戦艦の代替として誕生した駿河型超弩級戦艦の、初陣にして初勝利となったお話です。

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2番目の長女 大月クマ @smurakam1978

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