第4話 天使出てくる
「取引相手は王国の騎士だ。全身鎧だから、すぐに分かる」
「ア、アルクドプラナロは仰天だ……! 身体を鉄で覆うなんて、理解できない! クレイジーだ!」
少女は屋根裏に隠れていることになった。もうちょっと出しゃばるかと思ったが、よほど金属が苦手らしい。お気に入りの枕を抱かせると、思いの外大人しくなった。
「静かにしてろよ」
「安心しろカラス。アルクドプラナロは忍耐強い。ただ、もしも生殖が始まりそうな時はちゃんと呼んでほしい」
「始まらねえからな?」
カラスは一張羅に袖を通した。といっても、他のぼろ布より少しマシといった程度だが。それでも構わない、少しでも商品を高く売るために。
何しろ、今度の冬は二人分の貯蓄がいるのだから。
*
ぎぃこぎぃこ。車輪の軋む音を響かせて、三頭立ての荷馬車がやってくる。
今日は月に一度の、取引の日だ。馬車ははるばる、王都から森を抜けてここに来る。いつもは夕方の到着だが、今日に限っては昼前だった。
馬車はゆっくりとカラスのぼろ小屋に近づいてくる。見ると、荷台がいつもと違えば、馬も違った。黒檀製の荷台は頑丈な帆布で覆われ、馬匹は立派な鬣の悍馬。カラスにとっては初めて見る、軍用馬車だった。
「貴様が骸拾いだな」
呆気にとられるカラスを前に、馬車から一人の男が降りてきた。
いつもの取引相手、全身鎧の騎士ではない。紫色のマントを纏った、長身の男。腰に長剣を佩いてはいるが、首まで伸びた上品な茶髪は、戦士というより知的な印象を与えている。
「なるほど、確かにおぞましい。なんと醜い異形か」
男はカラスの脚を見て吐き捨てた。カラスの顔がかっと赤くなる。
だが、カラスは努めて冷静だ。ひどい扱いは慣れている。冬の蓄えのために、生きるために。
「天使の死骸、24体あります。ご検分ください、騎士さま」
「ふむ。25体……の間違いではないかね?」
カラスの顔が、今度は青くなった。
「どうした、骸拾い。私は、もう一体天使がいるのではないか、と聞いている」
「……い、いません。ここにある24体で全部です」
声が震えてはいないか。
表情は不自然ではないか。
そう考えるほどに、カラスの言葉は固くなっていく。
「そんな筈は無いんだがね。樹獣の活性化が確認されている。その証拠に、既に道中四体の樹獣を仕留めた。奴らの好物を知っているか? あれは、生きた天使を喰うんだよ」
「……っ!」
そんなばかな。カラスは喉から漏れかける声をどうにか飲み込んだ。
だが、理屈は通る。家の周りをうろつく樹獣ども。あれは――アルクドプラナロに引き寄せられていたということか?
「信じられないかね。それはそうだ、人間は樹獣に太刀打ちできない。だが、天使なら?」
ぱちん、と男が指を鳴らした。
瞬間、馬車の荷台が弾け飛ぶ。中から飛び出して来たのは――
「風、船……?」
思わず困惑が口を衝く。
それは確かに、風船によく似ていた。
「生きた天使を所有するのが、自分だけだと思ったかね。天使が降るのは、此処だけではないのだよ」
首から下は、カラスのよく知る天使と同じだ。多くの骸と同じように、透き通る白い肌に、真っ白な衣。
だが首から上が違う。
それは巨大な鞠だった。荷馬車に収まりきらぬほどに肥大した巨大な肉の風船が、首の上に坐っている。
否、巨大すぎる頭に、小さな身体がぶら下がっていると言った方が正しい。
――あれが、天使だって? ふざけてる。
カラスの知る天使と。アルクドプラナロとは、それはあまりに違いすぎた。
「やれ、天使兵」
マントの男が冷酷に告げる。
肉風船のような天使は、金属を擦り合わせたような不快な叫びで応えた。
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