第3話 天使役に立つ

「アルクドプラナロは人間の生殖に興味がある」

「おまえな……」

「アルクドプラナロは人間の生殖を見るために地上に降りてきた」

「天使のくせに俗物すぎる」

「アルクドプラナロはカラスの生殖器にも関心が」

「わかったから出てけ」


 天使の少女がカラスの家に住み着くようになって、一週間が経った。

 天使の少女は賢く、力強く、よく働いた。掃除は下手くそだが、薪割りは上手いし、水汲みも速い。何より、天使降りの日には今までよりずっと多くの死骸を運ぶことができた。

 どういう訳か時折、家の周囲に樹獣が出るようになったが、彼女が一緒ならば怖くはなかった。


「明日は人間が来るのか!?」

「死骸を引き取りにな。俺と違って、真人間だよ。お前は……隠れてた方が良いかもな」

 客人に備えて、カラスは湯を沸かして身体を清めていた。

 風呂場を少しでも覗こうと、天使の少女は隙を見ては顔を出してくる。見られて困るものでもないが、カラスとしてもなんとはなしに気恥ずかしかった。

「どうして? アルクドプラナロは分からない」

「生きてる天使なんて、聞いたことがないからな。たぶん、とっ捕まる」

 ――もっとも、本来は俺がそうする立場なんだがな。

 言葉には出さず、カラスは自嘲する。すっかり二人暮らしに慣れてしまった。

「アルクドプラナロは了承した。とっ捕まるのはいやだ。生殖が見れなくなる」

 天使の少女は、軽い足取りで荷物を積み上げた。もちろん、天使の死骸だ。

 ぼろ小屋の玄関前に積まれた骸は数十体分。これだけあれば、余裕をもって冬を越えられるだろう。

 月に一度、死骸を買いに馬車がやってくる。何に使うかなんて、カラスは知らない。ただ骸を拾って、売って、その金でパンを買う。そうやって生きるしかなかった。


     * 


 身支度を整えたカラスが外に出ると、アルクドプラナロが作業を中断して立ちすくんでいる。

「どうした?」

「小型の生物を確認した。カラス、あれは何だ。ともだちか?」

 アルクドプラナロの視線の先。うず高く積まれた天使の死骸に、二羽の小鳥が止まっていた。

「ただの小鳥だよ。番だろうな」

 天使の骸を、生き物は食べない。二羽は、ただ止まり木代わりにしているのだろう。仲睦まじく身を寄せ合う二羽を、アルクドプラナロは興味深げに見つめていた。

「つがい。つがいか。生殖はするのか?」

「お前は本当にそればっかりだな」

「当然だ。アルクドプラナロは生殖しない。アルクドプラナロは鉄の箱と硝子の管から発生した。地上の生き物は、アルクドプラナロと違って生殖する。これはすごいことだ」

「へえ。天使って、箱から生まれるのか」

 突拍子もない話だが、不思議とカラスの腑に落ちた。確かに天使ほど美しい生き物ならば、そういうこともあるのだろう。

「鉄の箱だ。とても狭くて、とても寒い。アルクドプラナロは鉄がきらいだ」

「ああ、だから……」

 彼女は金属を嫌っていた。初めて会った時だって、金属の刃を見て泣いていた。

 悪いことしたかな。カラスはそう思った自分に驚く。カラスにとって、彼女は便利だから置いてやってるに過ぎない。

 その筈だった。

「で、生殖はするのか。いつ生殖を始めるんだ」

「おまえが見てる間は、始まらないだろうな」

「えー。アルクドプラナロは不満だ。生殖してほしい」

 少女は唇を尖らせる。思わずカラスが破顔すると、番の小鳥は気まぐれに飛び立った。じゃれ合うように羽ばたきながら、空の向こうへと消えていく。

「……鳥はいいよな。飛んで行けてさ」

「なんだ。カラスは鳥が好きなのか? ともだちか?」

「そういうんじゃないよ。ほら、今日の仕事は終わりだ。飯にすんぞ」

 コンコン。カラスのつま先が、ぼろ小屋の扉を叩く。靴を履けない異形の脚は、いつも傷だらけだ。

「メシ! アルクドプラナロはメシが好きだ」

「はいはい」

 食事が少し豪華になったのは、間違いなく少女のおかげだ。二人分を消費することを考えても、余りあるほどに稼ぎが期待できる。


 天使を飼うのも悪くはないな。

 明日もらえる金貨を想像しながら、カラスはそんなことを思った。

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