第11話お祓い
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賑わいを見せるおもちゃ屋さん。今日はクリスマスだ。子供たちがあれもこれもと親にねだっている姿が見える。
店内はサンタ姿の従業員がチラシやクリスマス仕様の飴玉を配っている。大人の自分は在庫処分、と夢がないことを考えてしまうが、社会を知らない子供達にとっては嬉しいだろう。人がいる手前、親も文句は言えない。それを知っている子供は貰ってすぐ飴の包みを開いて口に放る。
僕にもこんな時代があった。あの頃は自分が王様だと思っていた。ちょっと泣き喚けば欲しい物は何でも手に入った。たまに怒られて置いていかれそうにもなったが、それでも最後には親の方が折れて買ってもらえた。
ここにいる子供達も同じだ。特撮グッズをベタベタ触っている男の子、キラキラと光るおもちゃの宝石を見つめている女の子、皆これが欲しいと強請っている。中には心が成長していない、子供みたいな大人もいるが……まあ、趣味は人それぞれなので見なかったことにしよう。
急に場面が変わる。ボロボロなシフト表が貼ってあるからスタッフルームだろう。僕の目の前でサンタ服の従業員が、大きな白い袋に何かを詰めている。周りにおもちゃの箱は見当たらない。一体何を入れているのだろう?
好奇心には逆らえない。僕はサンタに近づいて中身を確かめた。袋の中には大量のクマのぬいぐるみ。目や腕がなくなっているのもある。
何のためにこれらを袋に入れているかは分からない。これをプレゼントしても喜ばれないだろうに。子供の頃の僕だったら泣いてしまうかもしれない。
サンタはぬいぐるみを入れる手を止めない。声をかけてみても反応がないから、僕はその場をそっと離れてスタッフルームの外に出た。ここにも大量の袋が置いてある。中身は詰まっていてパンパン状態だが、どれもまだ縛っていない。ちょっとの衝撃で飛び出してしまいそうだ。
一つずつ中を確認していく。どうやらおもちゃの種類ごとに分けられているようだ。一番遠いところにあった袋を覗く。ガラガラだ。同じ種類のガラガラが大量に詰め込まれている。うっかり足が当たってしまったらすごい音が鳴りそうだ。
今はガラガラのことを考えたくない。僕は音を鳴らさないよう慎重に横を通り過ぎ、おもちゃ屋さんの出口の方へ向かった。
お店を出る直前、後ろを振り返る。ガラガラが入った袋を持ったサンタがこちらへ歩いてきているのが見えた。
ピリリリリとけたたましい音が聞こえる。これはガラガラの音? いや、ガラガラは電子音じゃない。
瞼の裏に光が差し込んでいる。眩しさに耐えられなくなって、仕方なく重い体を起こす。見覚えがない部屋だ。……ああ、そうだ。昨日は五郎さんの家に泊まったんだった。
「よぉ、おはようさん。よく眠れたかい?」
ボーっとしていると、洗面所から五郎さんが出てきた。さっきまで顔を洗っていたのだろう、サッパリとした顔をしている。
「おはようございます。ちょっと体が重いですけど、まあまあ良い感じです」
「おうそうか。あー……悪いが朝食はないんだ。何か食いたかったら近くにコンビニがあるから、そこで買ってくれ」
「わかりました」
「あっ、廃墟探索のことなんだが俺も行くからな」
「ホントですか! 五郎さんが一緒なら心強いです!」
「その反応、やっぱり聞いてなかったか。寝る前に言ったんだけどな」
「ははは……すみません」
話を聞いていなかったどころか、お酒を飲み始めてからの記憶がほとんどない。メモを取っていた気がするが、ちゃんと読める字で書かれているか不安だ。
「そういや、今日は奥さんのところに帰るのか?」
「いえ、また探す予定です」
「その体でか? ぶっ倒れるぞ」
「根拠はありませんけど、今日こそは見つかる気がするんです」
昨日の記憶より、夢の内容の方がよく覚えている。そう、クマのぬいぐるみだ。似たようなのが家にあったはず。好美がデパートに行った時に買ったぬいぐるみで、一目見て気に入ったと言っていた。
よく考えれば幽霊と言えど子供だから、食器類とかよりぬいぐるみに憑いている可能性の方が高い。あの夢には絶対に意味がある。今日は体力を回復させる予定だったが、確かめなければ気が済まない。それに、明日は祝日だから今日を乗り越えれば休める。気合で乗り越えられるだろう。
「まあ、無理はするなよ。ところで例の廃墟にはいつ行くんだ?」
「そうですね、再来週の土曜日はどうでしょう」
「俺はいつでも大丈夫だ。お前が再来週の土曜が良いんならその日にしよう」
「じゃあ飛行機の手配しておきます」
「おう、任せたよ。それじゃ、休み前の仕事に行きますか!」
五郎さんの言葉を合図に支度を始める。体は重いが、気持ちはどこか穏やかだった。
それからはいつもと同じだ。本日の業務内容を確認して、ノルマを達成する。工場の作業は基本的に繰り返しだから、あまり頭を使わなくても手が勝手に動いてくれる。
しかし、頭を使わないのも問題だ。時間が進むのが遅い。今日は早く帰って、クマのぬいぐるみに霊が取り憑いているか確かめたい。
早く、早く、早く。そう思えば思うほど、時計の針は動かない。唯一の救いは、昼を過ぎても機械トラブルがないことだ。一度機械がストップすると、ノルマの達成が危うくなる。定時を過ぎても足りなかった場合、達成するまで残業しなくてはならない。
絶対に止まってくれるなよ。祈ることしかできないのはもどかしい。
定時のチャイムが鳴る。なんと、祈りが届いてトラブル一つなく終わった。同じ作業場のメンバーは、この珍しい事態に驚いた。しかし喜んでばかりもいられない。すぐに顔を引き締め、帰りの準備を始めた。
職場から家まで、信号が七つある。そのうち二つは押しボタン式信号機で、運が悪い時はすべての信号に引っかかる。だが、今日は神様が僕の味方をしてくれているのか、一つも赤信号にならなかった。
普段より五分早い到着。家の様子に変わりなし。さあ、今日でケリをつけよう。あのクマのぬいぐるみに取り憑いているはずだ。好美には悪いと思うが、今後のためだ。
玄関のドアを開けて家の中に足を踏み入れる。僕は前日と変わらない光景を思い描いていた。外から見て何もなかったせいもある。
家の中は荒れに荒れていた。最初は泥棒かと思ったが、窓に幼稚園児サイズの赤い手形が無数についているのを見て、それは違うと確信した。手は、内側からつけられている。
――ほシい
――ほシい
僕じゃない声が反響する。何が欲しいのか。もちろん質問してやる気はない。
――ほシい
今度は耳元から聞こえる。ゾワッとした感覚が体を駆け抜け、反射的に声がした方を振り向く。
人の形をした黒い靄が僕のすぐ背後にいた。反応したのが嬉しかったのか、キャラキャラと笑い始めた。
家中から響いてくる声を無視してぬいぐるみが置いてある寝室へ向かう。笑い声は真後ろから絶え間なく聞こえる。僕についてきてるようだ。もちろん振り返ってやらないが。
寝室のドアを開けて、クマのぬいぐるみが置いてある机の前に立つ。ぬいぐるみの埃を払い手に取ると、ガタガタと寝室が揺れ始める。笑い声が止まり、ほしいほしいと泣き喚く。 僕が着ているシャツの端を掴む気配もあった。振り切るのは簡単だ。子供の腕力じゃあ大人には敵わない。これが流産してしまった最初の子であれば逡巡したかもしれない。しかし、あの子は声を発することなくこの世を去った。
気味悪い空間から抜け出すべく、ぬいぐるみを抱えて駆け出す。家の外に出てからも声が聞こえる。クマのぬいぐるみに憑いている証拠だ。
急いで物置へと行ってガラガラを持ち出す。このまま神社に行ってお祓いをしてもらう。これで家の問題は解決だ。
「ちょっと遠いけど、自転車の方が良いか……」
声が忙しなく聞こえている状態での運転は事故を起こしてしまうかもしれない。普段はどこに行くにも車だから自転車の出番はほとんどないが、今は安全のために自転車が良いだろう。
もうすぐ日が落ちる。この時間帯が一番事故を起こしやすい。僕はそう判断して、数年ぶりに自転車に乗った。
神社は車では十分もかからずに到着するが、自転車だと二十分はかかる。久しぶりの自転車は上手く漕げない。神社に辿り着く頃にはすっかり息切れを起こしていた。その間、声はずっと聞こえていた。背中が肌寒い上に重い。しかし、神社の中に入った瞬間、声は聞こえなくなった。
気分も良くなってきたので、今のうちにと設楽さんを探す。前回は木の陰から出てきたが、今はどこにいるだろう。境内を見渡していると、社務所の玄関が明るくなるのが見えた。
「あっ、何か不穏な気配がすると思ったら……植田さん、早くこちらへ!」
社務所から焦った様子の設楽さんが出てくる。ああ、良かった。留守にしていたらどうしようかと思っていたが、それは杞憂だったようだ。
「すいません、霊が憑いている物が見つかったので……」
「ええ、ええ見ればわかります。黒い靄が植田さんの背中に……ささ、まずは手水舎でお清めを」
手水舎に案内され、看板に書いてある手順を読む。毎年やっていることだが、看板を見れば分かるので覚えたことはない。
今回も手順通りに進めてお清めを終えると、すぐさま本殿に通された。ここまで入ったことないから物珍しさにキョロキョロしてしまう。好美がいたらはしたないと怒っていただろう。
お祓いはすぐに始まり、僕は静かに設楽さんの様子を見る。正直、何をしているのかはサッパリだ。お祓い道具の名前もわからない。知っていたら楽しめただろうか。時間にして一時間、疲労が溜まってきた頃に太鼓の音が鳴ってお祓いは終わった。
「これにて終了です。体が軽くなったでしょう」
「あっ……そういえば来た時より軽い……」
お祓いが始まる前より体が軽い上に、熱を取り戻したかのようにポカポカしている。しっかり除霊されたのだろう。
「本当に助かりました。……あの、料金はいくらほど……」
「そうですね、本当は相当な量を祓ったのでだいぶ高い金額になりますが、今回は金銭面を考慮して五千円で良いですよ」
意外と良心的だ。万単位でかかると思っていたからちょっと拍子抜けした。財布を見るとちょうど五千円札があったので、それを設楽さんに渡す。
「五千円ピッタリですね、ありがとうございます。ああそうだ、ガラガラの出所は分かりましたか?」
「ええ、まだ確証ではありませんが、東京の近くにある元おもちゃ屋さんから持ってきたんじゃないかと思っています。来週の土曜日に廃墟に詳しい知人と行って、幽霊がいるか確かめる予定です」
「中に入るのですか」
「無茶はしません。ちらっと幽霊が見えたら退散します」
「そうですか……では、霊を見かけたら連絡をください。仲間と一緒にお祓いに向かいます」
「分かりました。その時はよろしくお願いします」
僕は設楽さんの電話番号を携帯電話に登録し、改めてお礼を言って神社を後にした。これで家は問題ない。次は同じことが起きないようにするための調査だ。
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